第五十話「五十回目の、また来たんですか」
今週も、川瀬奈緒の部屋に上がった。
数えていたわけではない。ただ、ふと、思った。前任2人を除いて、俺が来たのは、今日で何回目だろう。
帰りの電車で、所見の記録を数えてみた。初めて来た日から、今日まで。50回近く、来ていた。「また来たんですか」を、50回近く、聞いていた。同じ言葉を、50回。同じはずの言葉が、回を重ねるごとに、少しずつ違う色をしていた。
◇
今日の「また来たんですか」を、思い返した。
初めて来た日は、呆れた声だった。疲れた声だった。前任2人の後に来た、3人目への、うんざりした声。「どうせこの人も、別れろと言いに来た」。そういう声だった。
今日の「また来たんですか」は、違った。何が違うのか、言葉にしようとした。呆れていない。疲れていない。むしろ——待っていた、ような声だった。来ることを知っていて、来たことを、確かめる声。確かめて、少し安心する声。同じ五文字が、50回かけて、裏返っていた。
◇
この間に、何が変わったのかを、考えた。
コーヒーの濃さが変わった。濃かったのが薄くなって、また少し濃くなった。俺がコーヒーを淹れる日ができた。会う場所が、部屋から公園に、また部屋に変わった。川瀬奈緒が田村のことを考える時間が、減った。川瀬奈緒が、聞けない質問を抱えるようになった。俺のERRORの下に、川瀬奈緒の名前があることがわかった。俺が終了処理を、3ヶ月以上出していない。俺がスタンプを、一度も押していない。
何も、解決していない。一つも、終わっていない。ただ、50回来た。50回、「また来たんですか」を聞いた。解決の代わりに、回数だけが、積もっていた。
◇
恋管に戻ると、鶴田がいた。
「鶴田さん。俺が川瀬さんに来た回数、わかりますか」
「業務上の接触として、49回です。本日で」
「49回」
「はい。PAIRに記録された接触は、0回です。業務上の接触は、算出対象外なので」
「49回来て、記録は0回」
「はい」
鶴田は、端末を見た。
「49回来て、PAIRには、何も残っていません。ただ」
鶴田は、少し間を置いた。胸ポケットの機器に、手を当てた。
「私は、49回、数えました。PAIRが数えないものを、私が数えていました。なぜ数えていたのかは——計算中です」
◇
その日、スタンプを取り出した。書類の上ではなかった。ただ手の中に持って、見た。
配属初日に渡されたスタンプ。一度も押していないスタンプ。49回、川瀬奈緒の部屋で取り出して、しまったスタンプ。このスタンプを押す日が、来るのだろうか。来るとしたら、それは、どういう日だろう。終わったと、認める日だ。49回来て、まだ認められない。しまった。
◇
その夜、恋管のシステムに通知が一件、入った。
「外れ値判定カップル、面談希望。明日、来訪」
外れ値。8%の、片割れ。明日、その片割れが、恋管に来る。49回折れなかった案件を抱えた俺の前に、5年折れなかった縁が、自分から歩いてくる。明日、何かが、近づいてくる予感がした。
次話「外れ値カップルが、恋管に来た」




