第四十九話「窓のある部屋で」
桐生が辞めた後、折衝課の窓のなさが、前より気になるようになった。気づいてしまうと、毎日それが目に入る。気づかなかった三年が、嘘のようだった。
ある日、保守課に書類を届けに行った。鶴田の席は、川沿いの窓際だった。
「鶴田さん、ここ、いい席ですね」
「窓際です。冬は寒いです」
「外が見えますね」
「見えます。今は、枯れ木です」
◇
俺は少しの間、鶴田の席の横に立って、窓の外を見た。川が流れていた。対岸に、枯れた木が並んでいた。葉のない枝が、川面に映って、ゆらいでいた。
折衝課には、これがない。外を見ない方が折れる、と鶴田が言っていた。折る部署には、外がない。
「鶴田さんは、毎日これを見ているんですか」
「見ています。データを点検しながら」
「外を見ながら、人の縁を点検するんですね」
「点検です。私は、繋げも折りもしません。ただ、見ています」
鶴田は、端末を打ちながら言った。打つ手は止めずに、窓の外だけを、ちらりと見た。
「鶴の名前の由来を、知っていますか」
「いえ」
「鶴は長く生きて、高いところからずっと下を見ている鳥だそうです。父が、そういう意味でつけたと」
「ずっと下を見ている」
「はい。繋げも折りもしない。ただ、上から見ている。私の仕事に、合っているかもしれません。名前で、仕事が決まったのか。仕事に、名前が合っていったのか。それは、わかりません」
高いところから下を見る鳥。鶴田は人の縁を、上から見ている。繋げる側でも、折る側でもなく。見るだけの場所から、俺のERRORの中身も、ずっと見ていたのかもしれなかった。
◇
「鶴田さん。あなたは、見ていて、つらくないんですか」
鶴田は、手を止めた。今日、初めて、手が止まった。
「それは、計算できません」
いつもの「計算中」ではなかった。「計算できない」だった。計算中は、いつか終わる。計算できないは、終わらない。鶴田は終わらない問いを、一つ抱えていた。見ている人間の、つらさという問いを。
俺は何も言わずに、保守課を出た。出る前に、もう一度、窓の外を見た。川が流れていた。枯れ木が、風に揺れていた。川の水は、止まらずに流れていた。同じ場所を、同じ水が二度通ることはない。それでも川は、ずっとそこにある。続くというのは、たぶんそういうことだった。同じものが残るのではなく、流れ続けることで、形だけが残る。鶴田は毎日、その流れを見ながら、人の縁を点検している。
折衝課に戻ると、そこには窓がなかった。繋げる架橋課にも、見ている保守課にも、窓がある。折る折衝課にだけ、外がない。誰かがそう決めて、この部屋を作った。決めた人間は、折る人間が外を見るとどうなるかを知っていた。
席に着いて、壁を見た。白い壁だった。さっき見た川も枯れ木も、ここからは見えない。鶴田は高い場所から下を見て、桐生は外を見すぎて辞めた。俺はこの窓のない部屋で、三年間、外を見ずに折ってきた。見ずに折れたのは、外がなかったからだ。最近、その外を、川瀬奈緒の部屋で見るようになった。折りに行った先に、俺の窓があった。
次話「五十回目の、また来たんですか」




