第四十六話「あなたのERRORって、何だと思いますか」
今週も、川瀬奈緒の部屋に上がった。
今日の川瀬奈緒は、いつもよりまっすぐ俺を見た。窓の外も、ブランコも見なかった。インタビューを始める前に、向こうから切り出してきた。
「あなたのERRORって、何だと思いますか」
前にも、似た質問をされた。コーヒーを注ぐ手が止まった、あの日だ。ただ今日は、もっと正面からだった。手には、何も持っていなかった。今日は手を止める口実をはじめから持たずに聞いていた。
「わかりません」
「想像でいいんです」
「想像」
「はい。あなたのERRORが、何の値なのか。想像してみてください」
俺は、少し考えた。
「エラーは、エラーです。値ではなく、エラー処理された結果です」
「でも、エラーになる前は何かの値だったんですよね」
「理論上は」
「その値が0%なのか、50%なのか、99%なのか。想像したこと、ないんですか」
三秒、五秒。
「ありません」
「なぜですか」
「考えても、わからないので」
「わからないことを、考えないんですか。私は、わからないことばかり考えてますよ。11%のことも、田村さんのことも、最近は折衝さんのことも。わからないから、考えるんじゃないですか」
返す言葉が、なかった。わからないから考える。彼女は三年、そうしてきた人だった。俺は、わからないことには蓋をしてきた。考え方が、逆だった。
本当は「考えたくなかった」の方が近かった。自分のERRORの中身を考えると、その下に並んでいた川瀬奈緒の名前を思い出してしまう。だから、考えない。考えないことにしている。
◇
川瀬奈緒は、少し笑った。
「私は、考えました」
「何をですか」
「あなたのERRORが、何の値なのか」
川瀬奈緒は、カップを持った。両手で包んで、少し顔を寄せた。
「でも、言いません。今日は」
「なぜですか」
「言ったら、聞けない質問を聞くことになるので」
いつからか川瀬奈緒が抱えている、聞けない質問。それが、俺のERRORとつながっている。前は、別々のことだと思っていた。違った。彼女の聞けない質問と俺のERRORは、同じ一つのものの表と裏だった。川瀬奈緒の中では、もう答えが出ているのかもしれなかった。出ていて、言わないでいる。俺のためか自分のためかは、わからなかった。
「冗談です」と川瀬奈緒が言った。「コーヒー、おかわりしますか」
話題を、そらした。そらし方が、優しかった。踏み込みかけて、自分で引いた。引くことで俺を守ったのか、自分を守ったのか。
「いただきます」
川瀬奈緒は立ち上がって、台所に向かった。背中を向けたまま、少しの間動かなかった。それから、コーヒーを淹れ始めた。淹れる音が、いつもより長く聞こえた。何かを言うか言わないか、その音の長さの分だけ迷っているようだった。淹れ終わるまでに彼女が何を決めたのかは、戻ってきた顔からは読めなかった。
ただ、戻ってきた川瀬奈緒は、二つのカップを置いて一言だけ付け足した。「いつか、聞きます。今日じゃなくて」。いつか。その日が来ることを、彼女はもう決めている。決めた上で、今日はまだ、と言っていた。俺は「わかりました」とだけ答えた。来る日を、二人で、少し先に置いた。
次話「鶴田の昼食、37分」




