第四十五話「田村から、最後の連絡」
ある日、田村誠司からメッセージが来た。
「最後に一つだけ、お礼を言いたくて。色々と質問に答えてもらって、ありがとうございました。」
返信した。「お役に立てたかどうか、わかりませんが」
すぐに返信が来た。
「役に立ちました。俺、今の相手と、ちゃんと幸せになろうと思います。最高値かどうかは、わからないけど。たぶん、最高値かどうかを気にするのをやめた方が、幸せなんだと思います。」
◇
最高値かどうかを気にするのをやめた方が、幸せ。田村誠司は、PAIRが推薦した相手と幸せになろうとしている。外れ値を選ばなかった人間が、自分の選択を、自分の手で肯定しようとしている。
この男は、答えを出した。最高値を確かめるのをやめる、という形で。確かめられないものは、確かめないことにする。それも一つの、終わらせ方だった。確かめないと決めることで、終わらせる。俺には、できないやり方だった。
返信した。「そうかもしれません」
送ってから、自分も同じことを考えた。俺は、川瀬奈緒の何を確かめたくて、通い続けているのか。確かめたいものがあるから、終わらせられない。田村は、確かめるのをやめることで、前へ進んだ。俺は、確かめることをやめられずに、止まっている。同じ「確かめる」をめぐって、二人は逆の方向へ歩いていた。
田村誠司から、最後の返信が来た。
「川瀬さんのこと、よろしくお願いします。俺が言うのも変ですけど。彼女、いい人なので。」
それきり、連絡は来なかった。「よろしくお願いします」。田村誠司は、川瀬奈緒を、俺に託した。3年間、彼女が見ていた相手が、彼女を別の男に引き渡した。引き渡された側が俺であることを、田村は知らない。知らずに、いちばん正確な相手に、託していた。
◇
その夜、帰り道の駅で、メッセージをもう一度読んだ。「川瀬さんをよろしく」。
田村誠司の中では、何かが終わった。3年間ずっと川瀬奈緒が朝起きる理由だった男が、彼女を別の誰かに託して、物語を閉じた。きれいな閉じ方だった。礼を言い、相手の幸せを願い、去る。折衝課が理想とする、まさにその終わり方を、田村は自分一人で達成した。
俺の中では、まだ何も終わっていない。
胸ポケットのスタンプに、触れた。配属初日から、一度も押していない。「介入完了」。終わったと押せるものなら、とっくに押している。田村は物語を閉じる言葉を、ちゃんと持っていた。「よろしく」「ありがとう」「幸せになる」。俺は、その言葉を一つも持っていなかった。閉じる言葉を持たない人間は、物語を閉じられない。
ホームに、電車が来た。一本、見送った。今日は、もう少し、外にいたかった。田村が物語を閉じた駅で、俺はまだ、閉じ方を知らないままだった。閉じ方を知らないことが、たぶん、続いているということだった。
端末に、川瀬奈緒からの返信が一件、届いていた。次回訪問の確認への、返事だった。「いつも通りの時間で、大丈夫です」。業務の定型文だった。定型文なのに、二度読んだ。いつも通り、という四文字が、今日はやけに確かなものに見えた。
託された、と思った。田村に託されたわけではない。田村は、相手が俺だと知らない。それでも、あの「よろしく」を読んだとき、何かを引き受けた気がした。引き受けたものの名前は、まだ、つけられなかった。つけてしまえば、それは業務でなくなる。業務でなくなったものを、俺はどう扱えばいいのか、わからなかった。
次話「あなたのERRORって、何だと思いますか」




