第四十三話「別案件で、笑えなかった日」
別の案件が入った。対象者、30代の男性。スコア、19%。
訪問して、手順書通りに説明した。部屋には、ゲームのパッケージが積んであった。生活に、まだ余裕のある部屋だった。男性は、途中で冗談を言った。
「19%って、宝くじよりは高いですよね」
「宝くじの一等当選確率は、二千万分の一です。それと比べれば、はるかに高いです」
「ですよね。じゃあ俺、宝くじよりはマシだ」
男性は笑った。
「当たる気はしないけど、宝くじよりマシ。それ、励みにします」
普段なら、適当に相槌を打つ場面だった。冗談には冗談で返す。それが、対象者との距離を保つコツだった。今日は、笑えなかった。
「宝くじより、マシです」
「ありがとうございます。折衝さんに言われると、なんか、本当っぽい」
男性は、また笑った。屈託のない笑い方だった。19%を、ちゃんと笑い飛ばせる人だった。たぶんこの人は、折られても、すぐ次へ行ける。前に進める人の顔をしていた。俺は、笑えなかった。19%を笑える人と、11%を笑えない人。確率の高い方が笑えて、低い方が笑えない。逆だった。逆になる理由が、この人と川瀬奈緒の、いちばんの違いだった。
◇
帰り道、なぜ笑えなかったのかを考えた。
19%。川瀬奈緒は11%だ。この男性の方が、確率は高い。それでも、この男性のことは、何も気にならない。説明して、終わって、それで終わりだ。川瀬奈緒のことだけ、気になる。それは、なぜだ。三ヶ月前なら、川瀬奈緒も「11%の案件」の一つだった。今は、違う。何が、変わったのか。
◇
恋管に戻ると、鶴田が出勤していた。休暇から戻ったらしい。何事もなかったような顔で、端末に向かっていた。
「鶴田さん。一つだけ、聞かせてください。計算が終わっていなくても、答えられることだけでいい」
「どうぞ」
「俺が、川瀬奈緒のことだけ気になるのは、なぜですか」
鶴田は、端末から目を離した。
「それは、計算では出ません」
「ザイアンス係数では、出ないんですか」
「ザイアンス係数は、接触頻度の効果を示すだけです。なぜ特定の一人だけ気になるかは、別の問題です。頻度なら、19%の男性とも、これから何度か会えば上がります。でも、上がらないでしょう」
「上がらない」
「森本さんは、19%の男性と何度も会いたいですか」
会いたくなかった。一度で十分だった。
「……いえ」
「それが、答えの一部です。残りは、データではなく、森本さんが答えるものです」
鶴田は、いつもの「計算中です」を言わなかった。
◇
その夜、自分の部屋で考えた。19%の男性のことは、何も気にならない。川瀬奈緒のことだけ、気になる。
確率の問題ではない。頻度の問題でもない。では、何だ。答えは、まだ出なかった。ただ、明日も川瀬奈緒のところへ行く。それだけは、すでに決まっていた。決まっていることだけが、答えのかわりに、手元にあった。答えは出ていないのに、行くことだけは、もう決まっている。それ自体が、たぶん、答えに近かった。
次話「コーヒーの手が、止まった」




