第三話「恋管に苦情を入れてきた男がいる」
「川瀬案件の関係者から、連絡が来た」
翌朝、出勤すると、課長が俺を呼んでそう言った。書類を一枚、机に置く。
「苦情だ」
◇
田村誠司、32歳。
川瀬奈緒の「11%スコア」における対象者。
「なぜ恋管は川瀬の件に介入を続けるのか。彼女はもう諦めているはずだ。介入が自分への迷惑になっている。」
「電話で対応しろ。内容によっては訪問だ」
課長はモニターに向き直った。
「川瀬案件、早く終わらせろ。三人目だぞ、お前」
◇
昼過ぎ、田村誠司に電話をかけた。
二コールで出た。怒鳴るかと思った。少し疲れた声だった。
「恋管の介入が迷惑になっている、ということでしたが」
「そうです。彼女は三年前から俺への気持ちを引きずっているらしい。PAIRがそう判断したから恋管が動いているんでしょう。でも俺はもう別の人と付き合っています。彼女もそろそろ諦めたはずだ。なのになぜまだ来るんですか」
「田村さん、一点確認させてください。介入の対象は、田村さんではありません」
電話の向こうで、沈黙があった。
「え」
「川瀬さんご本人の感情の整理を支援することが目的です。田村さんに何かをお願いしているわけではありません」
「でも——俺のせいで彼女が恋管に関わってるってことでしょう」
「因果関係はそうです。ただし田村さんに責任は発生しません」
「……じゃあ俺、何もしなくていいんですか」
「はい」
少し間があった。
「なんか、変な話ですね」
「そうです。変な話が制度として動いています」
思っていたことを、口に出してしまった。
「……失礼しました。ご不便をおかけしております」
電話を切った。
三分後、同じ番号から着信があった。
「あの——もう一点だけ。俺の幸福度スコアって、今どのくらいなんですか」
データを確認した。
「平均値です」
「……PAIRが推薦した方と交際しているのに、ですか」
「はい。平均値です」
「平均って、普通に幸せってことですよね」
「問題のある範囲ではありません」
「そうですか」
少し間があって、電話が切れた。
普通に幸せ。
問題のある範囲ではない。
田村誠司は、それを確認して安心したかったのか。それとも、安心できないから確認したのか。
データには、そこまでは出ない。
◇
架橋課のデータを確認した。
田村誠司。架橋課マッチング成立、八ヶ月前。現交際相手、別の女性。
川瀬案件の最初の介入は七ヶ月前だ。田村はその時点で、すでに別の女性と交際していた。
川瀬奈緒は、最初からそれを知った上で「諦めていない」と言っていたのか。
それとも、知らなかったのか。
◇
夕方、恋管の廊下を歩いていると、後ろから声がかかった。
「森本さん」
振り返ると、昨日メッセージを送ってきた男だった。保守課のバッジ。二十代後半。整った顔に、ただひとつだけ感情を読めないものがある。
目だ。
「鶴田です、保守課の」
「昨日のメッセージ、何を確認したんですか」
鶴田は端末を一度見た。
それから、俺の胸ポケットを一瞬だけ見た。
スタンプが入っている場所を。
「確認が終わりました。失礼します」
「何の確認ですか」
「終わりました」
それだけ言って、廊下を歩いて行った。
俺は自分の胸ポケットを見た。スタンプが入っている。新品のままのスタンプが。
なぜ、そこを見たのか。
男はもう、振り返らなかった。




