第二十七話「川瀬さんは、何を待っているんですか」
今週も、外で会った。公園のベンチは少し冷たかった。川瀬奈緒は今日も早く来ていた。
「寒いですね」
「そうですね。中の方がいいですか」
「いえ、外の方が——なんか、話しやすい気がします」
◇
インタビューをした後、俺が直接聞いた。
「川瀬さんは——今、何を待っているんですか」
川瀬奈緒は少し驚いた顔をした。
「待っている、とはどういう意味ですか」
「田村さんへの気持ちが変容している、とおっしゃっていました。11%はまだある、とも言っています。では今、この状況で——何を待っているのかを聞きたいんです」
◇
川瀬奈緒は少し考えた。
「田村さんが別れると思っていますか、という質問ですか」
「それも含みます」
「……いいえ。あの人は別れないと思います。本当に幸せそうでした。でも——最高に幸せかどうかは、あの人自身も、わからないでしょうね」
(最高に幸せかどうか)
(田村誠司が、先週、同じ言葉を使った)
(川瀬奈緒はそれを知らない。知らないのに、同じ場所に辿り着いている)
「では、何を待っているんですか」
川瀬奈緒はブランコを見た。
「……わかりません。最近、本当にわかりません」
「田村さんのことを考えていないとき——何を考えていますか」
川瀬奈緒が俺を見た。
◇
その目を、俺は見返した。10秒くらい、二人で黙っていた。川瀬奈緒が視線をそらした。ブランコの方に向けた。
「うまく言えないんです。聞きたいことがあるのに——どう聞いていいかわからないことが、最近あって」
「聞いてみてください」
「……今日は、まだ聞けません。でも——次来たとき、聞くかもしれません」
「わかりました」
◇
帰り道、駅までの道を歩きながら考えた。川瀬奈緒が「聞けない質問」を持っている。
(それが何かは、今日わからなかった)
(ただ、その質問の輪郭のようなものが——俺にも、ぼんやりと見えた気がした)
所見欄に一行書いた。
「川瀬対象者に、何を待っているか直接聞いた。答えは『わからない』。聞けない質問があると言われた——次回、聞いてくる可能性あり。」
川瀬奈緒は、ブランコの鎖を指で少しだけ触った。冷たかったらしく、すぐに手を引いた。
「待っているものって、触ると冷たいんですね」
「比喩ですか」
「たぶん」
彼女は笑った。自分でもうまく言えない言葉を笑ってごまかすときの顔だった。
「田村さんを待っていたときは、待っているものがどこにあるかわかっていたんです。駅とか、職場とか、帰り道とか。でも今は、何を待っているのかわからないから、どこを見ればいいかもわからない」
「だから、ブランコを見ているんですか」
「かもしれません。何もいないのに揺れるものって、待つのにちょうどいいので」
その一文を聞いて、俺はまた答えられない質問が増えたと思った。田村を待っていた頃は、待つ先に人がいた。今は、待つ先に誰もいない。それでも待っている。誰もいない場所で待てる人は、もう別の何かを待ち始めているのかもしれなかった。
次話「折衝課には、窓がない」




