第二十四話「田村誠司が、恋管に来た」
翌週、田村誠司が恋管に来た。電話ではなく、直接だった。受付から連絡を受けて、会議室に通した。
◇
田村誠司は、思ったより普通の人間だった。背が高くて、顔立ちが整っていて、落ち着いた服を着ていた。
(川瀬奈緒が3年間、同じ時間に帰っていた男だ)
(そう思いながら見ると——ただの疲れた顔の会社員だった)
「田村さん、どうぞ」
「ありがとうございます。直接来て良かったですか」
「問題ありません」
◇
「外れ値のデータ——本当に、介入後に続いた人たちの方が幸せなんですか」
「非公開データの範囲になります」
「本当かどうかだけ」
「……大筋は合っています」
「そうですか」
田村誠司は少し間を置いた。
「俺のスコア、もう一度教えてもらえますか」
端末を確認した。「平均値です」
「今年1年間、ずっと平均値ですか」
「はい」
「婚約してからも、変わっていませんか」
「変わっていません」
田村誠司は少し笑った。笑いの形だったが、笑っていないような顔だった。
「これが——俺の最高値なのか、知りたいんです」
◇
「最高値、というのは」
「今の相手と、今が一番幸せなのかどうかです。婚約したから幸せのはずで、PAIRが推薦した相手だから幸せのはずで——それは全部そうだと思います。ただ、これが最高値なのかどうか、わからなくて」
「PAIRは最高値を測る指標ではありません」と俺は言った。
「じゃあ何を測っているんですか」
「成立確率と、維持確率と、幸福度の平均値です」
「平均値、か」
田村誠司は少し俯いた。
「川瀬さん、諦めていないんですよね、まだ」
「……それは確認できません」
「そうですよね。個人情報ですよね。ちなみに——川瀬さんのスコア、上がっているか、下がっているか、だけで教えてもらえませんか」
「……変わっていません。11%のままです」
田村誠司はしばらく黙った。
「11%って——消えてないんですね。3年経っても、婚約しても」
「データ上は、そうです」
◇
田村誠司は立ち上がった。
「来て良かったかどうか、わかりません。ただ——一度直接、話したかった。あるいは、これで最後にします」
田村誠司は会議室を出た。
扉が閉まった後、俺は少し考えた。
(「これが最高値なのか」という問いを、PAIRは答えられない)
(川瀬奈緒の11%は、3年消えなかった)
(田村誠司の幸福度スコアは、1年間ずっと平均値だ)
(どれが正解か、誰にもわからない)
田村が帰ったあと、会議室には彼の座っていた椅子だけが残った。選んだ人間が選ばなかった可能性を確かめに来る。贅沢な悩みのようでいて本物の悩みだった。最高値かどうかを問い始めた瞬間、人は今ある幸福を少し手放す。11%が消えないのと同じくらい、その問いも消えない。
◇
所見欄に一行書いた。
「田村誠司、恋管来訪。『最高値かどうか知りたい』——PAIRには答えられない問いだ。川瀬案件の11%は変わっていないと伝えた。伝えて良かったのか、わからない。」
会議室の窓から、夕方の光が差していた。田村は窓のある部屋で迷い、川瀬奈緒も窓のある部屋で待っている。窓のない部屋にいるのは、俺だけだった。
次話「22%の彼女が、また来た」




