第二十三話「公園のブランコは、誰も乗らない」
翌日、鶴田がデスクに来た。
「昨日の公園での接触ですが——業務上の接触として処理されます。ただ、ベンチの座席距離が、通常の部屋の座席より32cm近かったです」
「……計測したんですか」
「位置情報の精度から推定しました」
「……なぜそれを俺に言うんですか」
「計算中です」
「32cmというのは、何の変数になるんですか」
「……ザイアンス係数と、別の係数に——」
「別の係数」
「……計算中です」
そのまま、廊下を歩いて行った。
◇
次の週も、外で会った。川瀬奈緒はもこもこのコートを着て、先にベンチに来ていた。
「またお待たせしました」
「いいえ。こっちが早く来すぎました」
(来ることを前提に、早く来た)
(俺が気になったのはその一点だったが、何も言わなかった)
◇
インタビューを一通りした後、川瀬奈緒が言った。
「折衝さんのPAIRデータって、どうなっているんですか」
(この質問が来ることを、なぜか予感していた)
「ERRORです」
「ERRORって——スコアが出ない、ということですか」
「データが算出できないときに出る表示です」
「なぜ出ないんですか」
「わかりません。配属当初から、ずっとERRORです」
川瀬奈緒は少し考えた。
「私の11%より、低いですか。それとも高いですか」
「……比較できません。性質が違うので」
「そうですか」
◇
「あのブランコ——誰も乗らないのに、揺れているんですよね」と川瀬奈緒が言った。
「風ですね」
「風なのに、まるで誰かが乗っているみたいに揺れるときがあって。少し前まで、あれを見て田村さんのことを考えていました。今は——何も考えないで、ただ見ています。それが良いことなのか悪いことなのか、まだよくわかりません」
「俺も」と俺は言った。
川瀬奈緒が俺を見た。
「俺も——今のが良いことか悪いことか、わからないことが、最近増えています」
「折衝課の人間が、そんなことを言っていいんですか」
「……今日はその質問には答えられません」
川瀬奈緒は少し笑った。「いつも通りですね」
◇
所見欄に一行書いた。
「公園での継続訪問。川瀬対象者——ERRORについて初めて聞いてきた。比較できないと答えた。俺も答えられないことが増えていると、言ってしまった。なぜ言ったか、わからない。」
帰り際、公園の端に小さな手袋が落ちているのを見つけた。子供用だった。青い毛糸で、片方だけだった。
「誰か、来ていたんですね」と川瀬奈緒が言った。
「そうですね」
俺たちは、手袋をベンチの上に置いた。持ち主が戻ってきたとき、見つけやすいように。
誰も乗らないと思っていたブランコのそばに、誰かの忘れ物がある。それだけで、公園は完全に空っぽではなくなった。見えていないだけで、誰かはここに来ている。数字の上では存在しないように扱われるものも、実際にはどこかに痕跡を残している。
川瀬奈緒は、しばらく手袋を見ていた。
「11%も、こういうものかもしれませんね」
「どういう意味ですか」
「誰もいないように見えて、片方だけ残ってるもの」
俺は、その言葉を所見には書かなかった。
次話「田村誠司が、恋管に来た」




