第二十一話「課長から、三回目の督促が来た」
翌朝、課長に呼ばれた。課長室に入ると、課長はモニターを向いたまま言った。
「川瀬案件、いつ終わる」
「継続確認中です」
「何を確認している」
「……対象者の感情状態が不安定です。終了処理を急ぐと——」
「急ぐ急がないの話をしているんじゃない。標準の5回は、とっくに過ぎている」
課長がモニターから顔を向けた。
「先日、お前は終了処理を出して、すぐ取り消した。取り消しの承認は俺が出した。覚えているな」
「……はい」
「あれは何だ」
「……継続確認が必要だと、判断しました」
「お前のファイルを確認した。スタンプ欄が空白だ。川瀬案件だけか」
「……いえ」
「312件、全部空白か」
三秒、黙った。
「……はい」
◇
課長は少し黙った。計算しているというより——思い出しているような顔だった。
「なぜ使えない」
「わかりません」
「お前が折りに来ている意味が、わからなくなっているということか」
俺は答えなかった。
「余計なことを考えるな」
それだけ言って、モニターに向き直った。
◇
廊下に出ると、鶴田がいた。
「課長から督促がありましたか」
「なぜわかるんですか」
「廊下を歩く速度が、普段より0.7秒早かったので」
「……そういうことを計測するんですか」
「習慣です」
「鶴田さん。課長が折衝課の初期からいるというのは、本当ですか」
鶴田は少し間を置いた。
「設立当初のメンバーです。折衝課の一番最初の職員でした。人事記録で参照できます」
「なぜ俺に言ったんですか」
鶴田は端末を見た。
「……計算中のことがあります」
それだけ言って、廊下を歩いて行った。
(課長が設立当初からいる。外れ値データも設立当初から非公開だ。つながるかどうかは、まだわからない)
◇
所見欄に一行書いた。
「課長から督促。取り消しの件を問われた。スタンプ欄の空白を指摘される。課長——折衝課設立当初からのメンバー。外れ値データと関係があるか。」
課長室を出る前、課長が一度だけ俺を呼び止めた。
「森本」
「はい」
「お前は、川瀬奈緒を助けたいのか」
その聞き方は、不意打ちだった。終了処理を出せ、ではない。早く折れ、でもない。助けたいのか。折衝課の中では、あまり使われない言葉だった。
「わかりません」
「わからないなら、わからないまま動くな」
「はい」
「だが、わかったふりで終わらせるな」
課長は、それだけ言って資料に目を戻した。
わかったふりで終わらせるな。叱責のようで、そうではなかった。あの人は、俺が終わらせない理由を責めているのか、それとも終わらせる理由を急ぐなと言っているのか。どちらなのか、判断できなかった。
助けたいのか、という問いも、耳に残った。あれは俺へ向けたものではなかったかもしれない。設立当初からいる人間が、二十年越しに、自分に聞きたかった質問を、俺で試したように思えた。折る部署を作った人が、折る部署の人間に「助けたいのか」と聞く。その問いは、最初から矛盾していた。折る場所で、助けるとは何か。俺はまだ、その答えを持っていなかった。
次話「外で話した日」




