第二十話「最近、田村さんのことを考える時間が減りました」
今週も来た。
「……また来たんですか」
「来ました」
◇
コーヒーが2人分、用意されていた。今日の濃さは、普通だった。
俺から先に手をつけた。川瀬奈緒もすぐに手をつけた。二人でコーヒーを飲んだ。インタビューの前に、今日初めてそういう時間があった。
(何も言わずに飲んだ。それが自然だった)
(いつから、これが自然になったのか)
◇
「少し、聞いていいですか」
川瀬奈緒が先に口を開いた。
「どうぞ」
「最近——田村さんのことを考える時間が、減ってきました。1日のうち、朝だけ、みたいな感じです。前は起きてから寝るまで、どこかで考えていたんですが」
「朝だけになった」
「はい。で——それ以外の時間に何を考えているかというと、よくわからなくて。考えていない時間が増えた分、何が増えたかを言葉にできないんです」
川瀬奈緒はカップを置いた。
「おかしいですか」
「……いいえ」
◇
「一つだけ、正直に答えてもらえますか」
川瀬奈緒が言った。「正直に」という言葉を、今日は先に出した。
「……聞いてみてください」
「あなたは——今も、私の縁を折りに来ているんですか」
◇
三秒。五秒。
(来ている。業務として来ている)
(先日、書類を出して取り消した日があった)
(「また来る」と言ったのは、俺だ)
「……今日は、その質問には——」
「今日は答えられない、ですよね」
「はい」
川瀬奈緒は少し笑った。
「折衝さん、一つ言っていいですか。その答えは——もう、答えだと思います」
◇
俺は何も言えなかった。
「答えられない理由がある人間と、本当に答えを持っていない人間は、違いますよね」
「……」
「折衝さんは——前者だと思います」
◇
五秒。十秒。
「……今日は」と俺は言った。
「はい」
「今日は——その質問に、答えます」
川瀬奈緒が俺を見た。
「……俺は」
言いかけた。言いかけて——止まった。
(止まった理由は、恐れではなかった)
(言葉が出てこなかった。正確な言葉が、まだ見つかっていなかった)
「……今日は、ここまでです」
川瀬奈緒は、少し間を置いた。それから、笑った。今日の笑い方は、今まで見た中で、一番、待っているような顔だった。
「わかりました。次来たとき——続きを聞かせてもらえますか」
「……来たら、聞いてみてください」
◇
帰り際に、川瀬奈緒が言った。
「また来るんですよね」
「……来ます」
「来てください」
今日の「来てください」は、これまでと違った。頼むような声でも、確認するような声でもなかった。
——待っている、という声だった。
◇
エレベーターに乗った。
スタンプを取り出した。「答えます」と言って答えられなかった日。しまった。
所見欄に一行書いた。
「川瀬対象者に、答えると言った。答えられなかった。次来たとき——答える。続ける理由は、もうわかっている。言葉になっていないだけだ。」
データには残さない。
何度目かの訪問だった。スタンプは、今日も押せていない。
答えると言って答えられなかった声だけが、帰り道も耳に残っていた。
次話「課長から、三回目の督促が来た」




