第十九話「田村さんが、また電話してきた」
翌週、恋管のデスクに着くと、田村誠司から着信が入っていた。折り返した。
「田村さんですか。森本です」
「ああ、どうも」
相変わらず落ち着いた声だった。ただ今日は、少し疲れた印象があった。
「あの——外れ値の話、ネットで記事になっていますよね。ご覧になりましたか」
「はい」
「それって——本当ですか」
「非公開データの範囲になります」
「本当かどうかだけ教えてもらえませんか」
沈黙があった。
「……大筋は合っています」
「そうですか」
◇
少し間があった。
「俺の今のスコア、もう一度聞いていいですか」
「平均値です」
「婚約してからも、平均値ですか」
「はい」
「……そうですか」
田村誠司は少し考えているようだった。
「普通に幸せって、どういう状態ですか」
(この質問に、俺は何も言えなかった)
「データ上では、問題のある状態ではありません」
「問題があるかどうかじゃなくて——俺は今の相手と、最高に幸せなのか、それとも普通なのか、知りたいんです」
「……スコアには、最高かどうかを測る指標はありません」
「じゃあ、わからないってことですか」
「……はい」
◇
電話を切った。田村誠司が「最高値」という言葉を使った。
(PAIRを信じて架橋課の推薦相手と付き合って婚約した人間が、「これが最高値なのか」を問い始めている)
(制度を信じた人間の疑問だ)
◇
その日の夕方、鶴田が来た。
「川瀬さん関連の外れ値記事のシェア数ですが——2,847件を超えました」
「川瀬さん関連とは限らないですよね、その記事は」
「そうです。ただ、接触記録のタイミングと川瀬さんの閲覧履歴の相関から——」
「計算中にしてください」
「……計算中にします」
◇
所見欄に一行書いた。
「田村から再度の問い合わせ。自分の幸福度が『普通』であることへの疑念。外れ値記事の拡散——制度に揺れが来始めている。」
電話の最後に、田村はもう一つだけ言った。
「川瀬のこと、俺、悪く言ったことありますか」
「記録上は、ありません」
「そうですか。よかった」
「なぜですか」
「俺、彼女のことを邪魔だと思ったことはないんです。ただ、どう扱えばいいかわからなかった。自分が選ばなかった人の気持ちって、どこに置けばいいんでしょうね」
答えられなかった。
選ばなかった人の気持ち。選んだ人の幸福。選ばれなかった側の時間。それらを、制度は別々の欄に分ける。けれど田村の声の中では、全部が同じ場所に残っていた。
電話を切った後、田村誠司もまた、恋管に折られた人間の一人なのかもしれないと思った。折られたのは恋ではなく、自分の選択を最高だと信じ切る力だった。
制度は、低確率の恋を折る。だが、高確率で結ばれた人間の「これでよかったのか」という問いは、誰も折ってくれない。田村はPAIRに従って最善を選んだはずだった。その最善が最高かどうかは、PAIRにはわからない。選ばれなかった川瀬奈緒のことばかり考えていたが、選んだ田村もまた、別の場所で揺れていた。
次話「最近、田村さんのことを考える時間が減りました」




