第百五十話「折れなかった縁」
川瀬さんと付き合い始めて、季節が一つ巡った。
川瀬さんは会社で働いている。俺は架橋課で、縁を繋げている。二人で休みの日に出かける。いつもの部屋でコーヒーを飲む。穏やかな、日々だった。
穏やか、という言葉を、以前の俺なら低い変化量として処理したかもしれない。今は違う。穏やかとは、毎日選び直しても壊れないということだ。朝に連絡をして、夜に会って、コーヒーの濃さを少しずつ間違えて、また直す。100%は奇跡の数字だったが、その後の日々は、もっと地味だった。そして、その地味さの方が、俺にはずっと大事だった。
◇
ある日、鶴田から連絡が来た。いつもの研究の報告かと思った。違った。喫茶店で会った鶴田の顔が、いつもと違った。
「森本さんに報告したいことが、あります。PAIRの異常の研究です。PAIRが縁を探していること。100%を出していること。それを調べ続けて——新しいことが、わかりました」
「新しいこと?」
「森本さんと川瀬さんの100%。あれは——森本さんだけじゃありませんでした」
「23組の話なら、知っています」
「いえ。23組とは、別です。新しい100%の記録を見つけました。最近、出たものです」
◇
「最近?」
「はい。過去の握りつぶされた100%じゃありません。今、新しくPAIRが出している100%です。しかも——また、職員と対象者の100%です」
職員と対象者の100%。俺と川瀬さんと、同じ。
「別の折衝課の職員ですか」
「折衝課は、なくなりました。だから——架橋課の、職員です。架橋課のある職員とある対象者の間に、100%が出ています。照合はまだされていません。でも、記録があります」
◇
架橋課の職員と対象者の100%。俺と川瀬さんの、次の100%。PAIRはまた、見つけた。
「鶴田さん。その職員は——誰ですか」
鶴田は少し間を置いた。口が開いて、名前を言いかけた。最初の一音だけが出かかって——止まった。聞き覚えのない音では、なかった気がした。
「——いえ。それはまだ言えません。確かめていないので。ただ——森本さんと川瀬さんの100%は、最初の一つでした。でも、最後の一つじゃありませんでした。PAIRはこれからも、100%を見つけ続けます。握りつぶされない限り——本物の縁を、探し続けます」
◇
「鶴田さん。その次の100%の二人も——俺たちみたいに、なれますか」
鶴田は少し考えた。
「わかりません。それはその二人が選ぶことです。147通りの、未来から」
「鶴田さんは、その二人を見守るんですか」
「見守ります。私は観察するのが、得意なので。そして——」
鶴田は心拍計を見た。
「今は、応援するのも得意になりました」
◇
俺は喫茶店の窓の外を見た。窓の外の街。子供の姿の少ない街。出生率0.5の街。でも——0.5は0じゃない。
PAIRは本物の縁を探し続けている。握りつぶされた100%を。これから生まれる100%を。俺と川瀬さんは、その最初の一つだった。次の100%が、もう生まれている。
◇
その夜、川瀬さんの部屋に寄った。
「鶴田さんから面白い話を聞きました。次の100%が、生まれているそうです。俺たちみたいな。架橋課の職員と対象者の100%だそうです」
川瀬さんは可笑しそうに笑った。
「私たち、最初じゃなかったんですね」
「最初の、確かめた一組ではありました。でも最後じゃない。これからも生まれます。PAIRが探し続ける限り」
◇
二人でコーヒーを飲んだ。窓の外で、ブランコが風に揺れていた。
「森本さん」と川瀬さんが言った。「11%は0%じゃないって、ずっと言ってきました。今はもっと強く思います。どんなに低い確率でも——本物の縁は、誰かが見つけてくれる。育ててくれる。0%じゃない限り。あなたが私の縁を見つけて、育ててくれたみたいに」
◇
「川瀬さん。俺は折衝課で312件、縁を折ろうとして——一度も押せませんでした。スタンプを。失格の、折衝課員でした」
「でも」と川瀬さんが言った。「私の縁を、育てました。折るのが下手な折衝課員が、私の縁を育てて——100%にした」
川瀬さんは笑った。
「折れなくて、よかったです。折れなかった縁が、ここにあります」
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窓の外のブランコが、風に揺れていた。誰も乗っていなかった。でも——いつか誰かが、乗るかもしれない。
俺と川瀬さんの縁は、折れなかった。PAIRは今日も、どこかで折れない縁を探している。
◇
胸ポケットのスタンプは、今日も押されていない。
押さないことが、答えだった。折れなかった縁の、証拠だった。
◇
第一部・完
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第二部「複数の100%」に続く




