第十五話「今日は、少しだけ答えます」
今週も来た。
「……また来たんですか」
「来ました」
◇
コーヒーが用意されていた。今日の濃さは、前回に戻っていた。俺から先に手をつけた。川瀬奈緒はそれを見た。何も言わなかった。
◇
「今日、少し答えます」
俺が先に言った。川瀬奈緒が少し目を細めた。
「なぜ折衝課に来たか、ということですか」
「はい」
「聞かせてください」
◇
「採用の仕事をしていました。毎年、何百人と面接して、合否を決めていた。3年ほどやって——一度だけ、後悔したことがあります」
「どんな後悔ですか」
「不合格にした人間がいました。データとしては問題のない判断でした。面接の評価点も、平均を下回っていた。だから落とした。でも——その人間が、別の会社で、業界全体に影響するような仕事をしました。3年後に」
川瀬奈緒はカップを置いた。
「それと折衝課は——」
「データで判断することが正しいと、もう一度確かめたかったんだと思います」
「思います」と言ったのは、自分でも確信がないからだった。
「確かめて、どうでしたか」
三秒。五秒。
「……今日はここまでです」
◇
「また来るとき、続きを聞かせてもらえますか」
「……来たら、聞いてみてください」
川瀬奈緒は少し笑った。今日の笑い方は、前と少し違った。
(何が違うのか、うまく言葉にできなかった)
◇
恋管に戻ると、廊下に別の案件の対象者が待っていた。26%。今日の午後に急に入った案件だった。
「もう諦めたので、終わりにしてください」
男は開口一番でそう言った。
(26%でもあっさり諦める人間がいる)
(今日、採用の後悔を話した俺が——諦められないでいる)
書類を閉じた。男には「では終了処理を出します」と言った。男は「助かりました」と言って帰った。
(折ってもらう方が楽、という感覚が——俺にはわからない)
◇
帰り道、電車の中で端末を開いた。自分のPAIRデータ。
ERROR
(確かめに来て、ERRORが出た男が、12年前に落とした人間の話をした)
(整合性はない。ただ、それだけだ)
所見欄に一行書いた。
「業務上の動機、初めて部分的に答えた。採用の後悔の話。別案件・26%、本人から終了希望。折ってもらう方が楽、という感覚がわからない。」
川瀬奈緒は、その話を急かさなかった。面接で落とした人間の名前も、会社名も、続きを聞けば聞けるはずだった。それでも聞かなかった。
「折衝さんは、落とした人のこと、今でも覚えているんですね」
「忘れられない、の方が近いです」
「それなら、データで判断することに慣れていたんじゃなくて、慣れたかったんですね」
言われて、少し息が止まった。
慣れていたのではない。慣れようとしていた。データで人を見れば、後悔しなくて済むと思っていた。データで縁を折れば、俺が折ったのではなく、PAIRが折ったことにできる。そういう逃げ方を、俺は選んできたのかもしれない。
川瀬奈緒は、コーヒーを一口飲んだ。
「今日は、それだけでいいです」
その言い方は、面接官の合否ではなく、誰かの告白の途中を、壊さないためのものだった。
次話「終了処理を、出してしまった」




