↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋愛フラグ管理局折衝課 〜成立確率11%の彼女を折りに行くたび、なぜか俺との縁が育っていく〜  作者: よるの 余白
「折れなかった縁」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
147/151

第百四十七話「いつもの部屋で」

 川瀬さんの部屋に上がった。最近は二人で外に出かけることが増えた。海、植物園、街。色んな場所に行った。でも今日は、いつもの部屋だった。


   ◇


 コーヒーが2人分用意されていた。初めて来た日と、同じだった。本棚。小さなテーブル。窓の外の公園。誰も乗らない、ブランコ。ただ、何もかもが違った。


「いつもの部屋も、いいですね」と川瀬さんが言った。「外に出るのも楽しいけど。やっぱりここが落ち着きます。127回、来た部屋ですからね」


 俺は少し驚いた。


「鶴田さんから、聞いたんですか」


「はい。鶴田さん、私にも報告に来ました。『森本さんは127回来ました』って。鶴田さん、私たちのこと本当にちゃんと見ていてくれたんですね」


 川瀬さんは、思い出したように続けた。


「あ、スコアのことも聞きました。今週はまたERRORだって。いい方の、ERROR。前に、森本さんが来られなかった週は98%に下がって、数字に戻ってたみたいですけど。今週会えたから、またERRORです」


「鶴田さん、そんなことまで」


「はい。『会うと戻ります』って。なんだか、私の気持ちが数字に出てるみたいで、恥ずかしいです。でも——会えなかった週に2%下がるって、ちょっと嬉しいです。会いたかったのが、数字に出てるってことなので」


 会えない週は98%、会えば100%。針は、二人の距離を、2%刻みで測っていた。


   ◇


「127回」と川瀬さんが言った。「最初は、折りに来る回数でした。途中から業務じゃなくなって。今は——会いたいから、来る回数です。同じ部屋に127回。意味が全部、変わりましたね」


 同じ部屋に127回。折りに来るから、会いに来るへ。意味が、変わった。


「川瀬さん。128回目も、来ます」


「129回目も?」


「来ます。ずっと」


 川瀬さんは笑った。


「数えるの、やめないんですか」


「数えるのは、鶴田さんに任せます。俺は、ただ来ます。数えなくても、来ます。数えていたのは、確かめたかったからです。何回来たか、記録に残したかった。でも今は——記録に残らなくても、来た事実が消えないと、知っているので。数える必要が、なくなりました」


「記録に残らなくても、消えない」


「はい。127回が、それを教えてくれました」


   ◇


 コーヒーを飲んだ。最初の頃の濃さに、戻っていた。揺れて、一周して、帰ってきた濃さ。この部屋で127回、コーヒーを飲んだ。最初は彼女が淹れ、途中から半分ずつ淹れ、今もそうしている。同じ部屋、同じコーヒー、同じ窓の外。何もかも同じなのに、最初の日とは、まるで違う場所にいる気がした。場所は変わっていない。二人が、変わった。


 窓の外のブランコを見た。


「ブランコ、まだ誰も乗りませんね」


「乗りませんね。ずっと、誰も」


「2068年ですからね」


「2068年ですからね」


 初めの頃にした会話だった。「2068年ですからね」。あの頃は、諦めの相槌だった。子供の少ない時代だから、仕方ない。低い確率だから、仕方ない。そういう諦めの言葉だった。ただ今日の声は、違った。同じ言葉が、諦めではなく、希望の手前の何かになっていた。


「でも、いつかあのブランコに誰かが乗る日が来るかもしれません」と川瀬さんが言った。「子供が。出生率0.5でも、ゼロじゃないので。0.5は0じゃない。11%は0%じゃない。同じですね」


 0.5は0じゃない。11%は0%じゃない。彼女の口癖が、街全体に広がっていた。誰も乗らないブランコのある、子供の少ない街。それでも、ゼロではない。どこかで、誰かが、低い確率を諦めずにいる。外れ値カップルのように。俺と川瀬さんのように。低い数字の底に、いつも、ゼロじゃない何かが沈んでいた。


   ◇


 夜のホームは、空いていた。


 同じ言葉、同じ景色、違う声。


 電車が来た。今日も、乗った。



次話「また来たんですか」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。