↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋愛フラグ管理局折衝課 〜成立確率11%の彼女を折りに行くたび、なぜか俺との縁が育っていく〜  作者: よるの 余白
「折れなかった縁」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
145/151

第百四十五話「川瀬さんが聞いた」

 植物園に行く三日前、榊が架橋課に来た。


 窓のある部屋に、黒い手帳の男が立っていた。榊は席まで来なかった。入口の壁の前で止まり、俺の方が歩いた。


「服務規程照会の結果です」


 榊は用紙を一枚出した。文面は一行だった。


「不問。記録には残しません」


「残さない、というのは」


「届出を受理した事実だけが残ります。中身は残しません。川瀬奈緒さんの側も、同じです」


 榊は手帳を開いた。書く前に、こちらを見た。


「不服は、ありますか」


 一度しか、聞かなかった。


「ありません」


 榊は短く書いた。手帳を閉じて、閉じたまま言った。


「私は四百十二回押しました。一度も、こういう照会を受けませんでした」


 声に抑揚はなかった。


「羨ましいとは、言いません」


 榊は廊下へ出た。それきりだった。


   ◇


 植物園の帰り道。駅までの道で、川瀬さんが聞いた。


「森本さん。私にも紙が来ました。不問って、一行だけ」


「俺にも来ました」


「その前の紙には、相手の欄に、森本さんの名前を書きました。書いたら、聞きたくなったんです」


 川瀬さんは右側の髪を耳にかけた。


「あのスタンプ、まだ持っているんですか」


 俺は胸ポケットに手を当てた。


「持っています」


「折衝課、なくなったのに?」


「課長が言ったんです。いつか押したくなる日が来ると。だから持っていろと」


「押したら、どうなるんですか」


「『介入完了』の意味です。案件が終わったときに押すものでした。俺は312件、一度も押せませんでした。終わったと、認められなかったので」


「私の案件も?」


「川瀬さんの案件は、折れないまま凍結されました。終わっていません。最初の頃、川瀬さんの書類に何度かスタンプを近づけました。『介入完了』の欄の上に。でも、押せませんでした。手が止まりました」


「なぜですか」


「川瀬さんとの時間が終わるのが、嫌だったんだと思います。今ならわかります。理由はわからないまま、手だけが知っていました」


「じゃあ、そのスタンプ、いつ押すんですか」


 三秒。五秒。


「……俺と川瀬さんの縁が、終わったときに」


 川瀬さんの足が止まった。視線が横へ逃げた。


「いえ——」


 俺は言い直した。


「違います。終わったときじゃない。俺と川瀬さんの縁は終わらないので。100%なので。だから、あのスタンプは、たぶん一生押せません」


 川瀬さんは少しの間、何も言わなかった。それから笑った。


「一生押せないスタンプを持ち歩くんですね。変ですね。でも——いいです、それ。私との縁が終わらないから押せない。だったら、その押せないスタンプは、私への一番長い約束みたいです」


「一番長い約束」


「他の人は、案件が終わったら押すんですよね。終わった証拠に。森本さんは、終わらない証拠に押さない。押さないことが証拠になるなんて、逆ですね」


「いい考え方ですね」


「でしょう?」


 川瀬さんはまた歩き出した。


   ◇


 ホームで、スタンプを出して見た。


 古い事務用品だった。配属初日に渡されたとき、課長は「案件が終わったら押せ」と言った。榊はそれを四百十二回押した。俺は一度も押さなかった。同じ物が、今日から別の名前を持つ。


 胸ポケットにしまった。電車が来た。



次話「鶴田からの報告」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。