↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋愛フラグ管理局折衝課 〜成立確率11%の彼女を折りに行くたび、なぜか俺との縁が育っていく〜  作者: よるの 余白
「折れなかった縁」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
141/151

第百四十一話「折衝課のあった場所」

 外回りの帰りに、恋管に寄った。架橋課の書類を一枚出すだけの用だった。帰り際、折衝課のあった場所を見に行った。


   ◇


 窓のないフロアは改装されて、保管室になっていた。書類を入れる棚が壁に沿って並んでいた。誰もいなかった。


 ここで312件、縁を折りに来た。書類の上では全部終わった。俺の手で折れたと思えたものは、一つもなかった。縁をしまう部屋が、紙をしまう部屋になった。どちらも、何かをしまう部屋だった。


 壁に、ネジの跡が四つ残っていた。「折衝課」のプレートを留めていた跡。看板はなくなっても、留めていた跡は残る。


 背後で、扉が開いた。


   ◇


 黒い手帳を持った男が立っていた。四十代の後半。低い声。


「森本遼さん。架橋課で、ここだと聞きました」


 本部監査部の榊だった。


「十年前まで、私の席もこの部屋にありました」


 榊はそれだけ言って、棚の間を通り、俺の前に立った。手帳を開いた。


「服務規程の照会です。架橋課職員と、元対象者の交際について」


 榊は用紙を一枚出した。私的関係の届出。相手の氏名を書く欄があった。


「架橋課の職員が元対象者と私的な関係を持つ場合、届出が要ります。届出がなければ、配置転換の対象になります。届出があれば——原則として、架橋課のままです」


「届け出なければ、どうなりますか」


「照会はここで終わります。配置転換の先では、私的関係は問われません」


 榊の声には抑揚がなかった。


「押せる人間が制度を支えます。押せない人間は、制度の外で幸福になればいい。私はそう思っています。この用紙は、内側に残るための手続きです。どちらを選んでも、私は同じように書きます」


 榊は手帳を軽く持ち上げた。


   ◇


 用紙を見た。


 一年近く、川瀬さんの名前を書いたのは案件番号の横だけだった。訪問記録。所見欄。凍結申請。書くたびに、その四文字は案件だった。


 今日の欄には、案件番号を書く場所がなかった。


 榊はペンを差し出したまま、待っていた。急かさなかった。


「届け出ますか。届け出ますか」


 二度、同じ声で聞いた。


「書きます」


 榊は手帳に短く何かを書いた。それから、用紙をこちらへ向けた。


 俺は欄に、川瀬さんの名前を書いた。一年近く、案件番号の横にだけ書いてきた四文字だった。今日は、その横に何もなかった。


 榊は用紙を受け取り、目を通した。


「受理します」


 それだけだった。反対も、感想もなかった。


「同じ照会が、川瀬奈緒さんにも行きます。元対象者の側の届出です。明日、書面で」


「彼女が、書かなかったら」


「それは、彼女が決めることです」


 榊は手帳を閉じた。


「私はこの部屋で、四百十二回押しました。ここが保管室になってから来たのは、今日が初めてです」


 榊は棚の間を戻り、扉の方へ歩いた。振り返らなかった。扉が閉まった。


   ◇


 保管室には、窓がなかった。俺一人が残った。


 この部屋で、彼女の名前を何十回も書いた。全部、折るための書類だった。今日初めて、そうではない欄に書いた。


 壁のネジ跡を、もう一度見た。四つ。


 左手で、胸ポケットを一度押さえた。スタンプは、そこにあった。


 保管室を出た。廊下は明るかった。



次話「川瀬さんの新しい生活」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。