第百四十話「他人の100%を見届ける」
課長にも報告した。喫茶店で。
「川瀬さんと付き合うことに、なりました」
課長はコーヒーを飲んだ。
「そうか」
それだけ言った。それから少し間を置いて。
「よかったな」
◇
「課長。あなたのおかげです。照合の承認をしてくれました。あれがなかったら——俺は今も、ERRORの意味を知らないままでした」
「あれは20年前の俺への詫びだ。お前のためじゃない」
課長は少し笑った。
「でも——お前が確かめて、川瀬奈緒と結ばれたのは。20年前の俺ができなかったことだ。お前が、やってくれた」
「課長の、代わりに?」
「いや。お前自身の人生だ。ただ——見ていて、少し救われた。20年、間違ったことをしてきたと思っていた。縁を折って、確かめなかった自分を責めて。でもお前が確かめて、結ばれるのを見て——折衝課にも、意味があったと思えた。折る機関がなければ、お前は川瀬奈緒に会わなかった。間違った機関が、一つだけ、正しいことをした。それが、お前たちだ」
◇
「課長はこれから、どうするんですか」
「決めていないと言っただろう」
「相沢さんとは——」
「あれっきりだ。もう会わない。20年ぶりに顔を見て、それで十分だった」
課長は窓の外を見た。
「俺の縁は20年前に確かめなかった。それはもう終わった。でも——お前たちの100%を見られた。それでいい。自分の縁は確かめられなかったが。他人の100%を、見届けることはできた」
他人の100%を見届ける。鶴田と、同じだった。縁を見続ける人。課長も鶴田も、自分の縁は確かめられないまま、他人の縁を見ている。一人は20年前に逃げて、一人はそもそも自分のデータを見られない決まりで。見る人ばかりが、この制度には、いた。確かめる人は、少なかった。俺は、その少ない方になれた。課長や鶴田が見てくれたから、確かめる側に、立てた。
◇
「課長。一つ聞いていいですか。あのスタンプ——いつか押す日が来ると言いましたよね。いつ、押すんでしょうか」
課長は少し考えた。
「それは俺にはわからん。ただ——お前が押したくなる日が来る。そのとき押せばいい。何かが終わったと、心から思える日だ」
何かが終わったと思える日。折れないものを知っている俺が、終わったと思える日。それは、たぶん、来ないのかもしれない。終わらない縁を持っている人間には。あるいは——終わりではなく、何か別のものを認める日に、押すのかもしれない。それが何かは、まだ、わからなかった。
◇
今日はスタンプを取り出した。胸ポケットから、出して見た。一度も押していないスタンプ。
まだ、押せない。俺と川瀬さんの縁は、終わっていない。始まったばかりだ。しまった。
窓の外を、課長と二人で見た。喫茶店には窓があった。折衝課には、なかった窓が。20年前に縁を確かめなかった男と、確かめた男が、同じ窓から同じ街を見ていた。片方はもう終わった縁を抱え、片方は始まったばかりの縁を抱えて。同じ窓でも、見える景色は、少し違ったかもしれない。
次話「折衝課のあった場所」




