第百三十九話「鶴田に報告する」
鶴田に報告した。喫茶店で。
「川瀬さんと付き合うことに、なりました」
鶴田は心拍計を見た。
「……心拍が、上がりました。これは、嬉しいです」
「鶴田さんが、嬉しいんですか」
「はい。私が観察してきた答えが——いい形になったので。私は何万件もの縁を見てきました。続く縁も、終わる縁も。森本さんと川瀬さんの縁は、その中で——いちばん、見ていて飽きませんでした。最初は折りに来た人と折られかけた人。それが100%になる。こんなケースは、初めてでした」
◇
「鶴田さん。あなたのおかげです。あなたが照合をしてくれた。147通りのシミュレーションを作ってくれた。俺たちをずっと見ていてくれた。配属初日から、廊下ですれ違うたびに、あなたは俺の胸ポケットを見ていました。あれは、スタンプを見ていたんですか。それとも——その下の、ERRORを」
「……両方です。スタンプを押せない人間が、ERRORを抱えている。その二つが、同じ人間の中にあるのが——気になっていました」
「私は、観察していただけです」
「観察じゃなくて——応援していたんじゃないですか」
鶴田は少し黙った。
「……解釈すると、そうかもしれません。私は、繋げも折りもしない人間です。ただ見ているだけの。でも——お二人のことは、見ているだけじゃなかったかもしれません。照合の日を重ねたのも。147通り作ったのも。あれは観察ではなく——応援だったのかもしれません。今、そう思いました」
「鶴田さん、最近すぐ解釈しますね」
「はい。森本さんと川瀬さんを見ていて、解釈の仕方を覚えました。感情はデータの解釈だと」
◇
「鶴田さん。一つ聞いていいですか。あなたは自分の縁を探さないんですか」
鶴田は少し間を置いた。
「……私の縁はデータに出ません。私は他人のデータは見られます。でも自分のデータは見ない決まりです。保守課の職員なので。ずっと他人の縁を見てきました。自分の縁は、見たことがありません」
鶴田は心拍計を見た。
「ただ——最近自分の心拍を記録するようになって。少しずつ自分の感情がわかってきました。いつか——自分の縁も、わかるかもしれません。急ぎません。私は観察するのが得意なので。まずは自分を観察します」
◇
他人の縁を見続けてきた人が、自分の縁を探し始める。鶴の名前の通り、高いところから下を見続けてきた鳥が、初めて、自分の足元を見ようとしていた。
「鶴田さん。応援しています」
「ありがとうございます。心拍が、また上がりました」
鶴田は少し笑った。今度ははっきり笑った。初めて見る笑顔だった。
それから、ふと真顔に戻って、付け加えた。
「森本さん。一つだけ、気になっていることがあります。PAIRの研究を続けていて——PAIRは、まだ縁を探しています。今も。森本さんと川瀬さんの100%は、確かめられた最初の一つでした。でも、最初の一つは——最後の一つとは、限りません」
「……他にも、100%が出ていると?」
「まだわかりません。確かめていないので。ただ、PAIRが探し続けているなら——森本さんだけ、ということは、ないはずです。調べています」
鶴田はそれ以上は言わなかった。確かめていないことは、言わない。いつものルールだった。ただ、その横顔は、もう次の何かを見つけている顔だった。
◇
喫茶店を出て、鶴田と別れた。
自分の昼食さえ決められず、自分の縁を一度も見たことがない男。他人の縁ばかり観察してきた男が、ようやく自分自身を観察対象にし始めた。いつか鶴田にも、データに出ない縁が見つかるのかもしれない。そのとき鶴田は、それを「計算中」ではなく、自分の言葉で呼べるようになっているといい。初めて見たあの笑顔が、たぶんその始まりだった。
次話「他人の100%を見届ける」




