第百三十八話「翌日の、指先」
告白した、翌日。川瀬さんの部屋に上がった。昨日までと、何かが違った。何が違うのかはうまく言えなかった。ただ、空気が柔らかかった。
◇
「昨日は——夢じゃ、なかったですよね」
「夢じゃ、ないです」
「よかった。朝起きて夢だったら、どうしようって思って」
川瀬さんは照れたまま笑った。
川瀬さんは、テーブルの下で自分の指を少し握っていた。俺はそれに気づいた。気づいたことに気づかれた。二人で一瞬、黙った。
「手、つないでみますか」
自分で言ってから、昨日の告白より緊張した。
川瀬さんは目を丸くして、それから小さく頷いた。
指先だけ、触れた。たったそれだけで、100%より正確なものがそこにある気がした。
「私たち、これからどうなるんでしょうね」
「147通り、あるそうです」
「また、それ」
「鶴田の口癖が、うつりました」
二人で少し笑った。
◇
「100%ってわかってから付き合うのって、変な感じですね」と川瀬さんが言った。「普通は付き合ってみて、合うかどうか確かめるんですよね。私たちは最初から、100%だってわかってる。ネタバレ、されてるみたいで」
川瀬さんは笑った。
「でも、考えてみたら」と川瀬さんは続けた。「ネタバレされても、面白い物語ってありますよね。結末を知ってても、何度も読みたくなる本。私たちも、そういうのかもしれません。100%って結末を知ってても、毎日が面白い。それなら、ネタバレも悪くないです」
「でも——100%ってわかってても、毎日会いたいって思うのは、データじゃないですよね」
「データじゃ、ない」
「100%って言われても、嫌いになることもできるはずなんです。データがどうでも、気持ちは別なので。でも私は、毎日会いたい。それはデータが決めたんじゃなくて、私が思ってることです」
「はい。100%は、データです。でも会いたいって思う気持ちは、毎日自分で感じてます。それはデータじゃない」
◇
100%はデータ。会いたいと思う気持ちは、データじゃない。鶴田の言葉を思い出した。
「川瀬さん。鶴田が言っていました。俺たちは毎日100%を選び続けていると。データに決められたんじゃなくて。会いに行くことで。100%が続くのはデータのおかげじゃなくて——俺たちが毎日選んでいるからだと」
「じゃあ私たち、これからずっと選び続けるんですね。毎日、お互いを」
「……はい。データが続けてくれるんじゃなくて。俺たちが、続けます」
「会いに来なくなったら、下がるんですよね、100%」
「下がります。だから——会いに行きます。ずっと」
「ずっと、ですか」
「ずっとです」
川瀬さんは笑った。今までで一番、幸せそうな笑い方だった。「ずっと」という言葉を、今日は何度も使った。一年前は、業務の言葉しか使わなかった二人が、今は「ずっと」を、何度も交わしていた。
◇
帰り際、胸ポケットの上から、スタンプに触れた。折衝課はもうないのに、まだ持っているスタンプ。
押さないまま、毎日選ぶ。それなら——もう、ずっとやっている。312件のあいだ、ずっと。一度も押さずに、毎日、終わらせないことを選んできた。今は、終わらせないことではなく、続けることを、毎日選んでいる。同じ「押さない」でも、向きが変わっていた。終わらせないための保留から、続けるための選択へ。スタンプは同じだった。俺が、変わった。
次話「鶴田に報告する」




