第百三十五話「面接の結果」
数日後、川瀬さんから連絡が来た。「面接、受かりました」と。
◇
川瀬さんの部屋に上がった。今日のコーヒーは、いつもより少し明るい味がした。気のせいかもしれなかった。
「おめでとうございます」
「ありがとうございます。来月から出社です。週に3日だけですが」
「週3日でも、大きな変化ですね」
「はい。ずっと家に一人だったので。会社に行くの、緊張します。でも——楽しみです」
川瀬さんは本当に、楽しみそうだった。一年前、初めて会ったときの川瀬さんは、こんな顔をしていなかった。諦めない、けれど、どこか張り詰めた顔をしていた。今日の顔は、張り詰めていなかった。前を向いて、楽しみにしている顔だった。
◇
「森本さん。私、変わりましたよね」
「変わりました」
「最初、森本さんが来たとき、私どんなでした?」
俺は少し考えた。
「……諦めない人、でした。11%は0%じゃない、と。でも——部屋から出ない人でした。ブランコを見ているだけの」
「今は?」
「海に行って、会社にも行く人です。前に進む人です」
川瀬さんは笑って、首を横に振った。
「森本さんのおかげです」
「俺は、何も——」
「会いに来てくれました。百回以上。それが、全部です」
◇
「川瀬さん。俺も、変わりました。最初は——データで判断する人でした。感情を信じない人でした。スタンプを押せないのに、理由もわからない人でした」
「今は?」
「データじゃなくて、自分で選ぶ人になりました。川瀬さんに会いたいから、会いに行く。それを自分で選んでいます。前は、データが正しいと信じれば、楽でした。自分で選ばなくていいので。データのせいにできた。今は、自分で選びます。選ぶのは、こわいです。でも——自分の人生を、生きている気がします」
川瀬さんは俺を見た。
「お互い、変わりましたね。会わなかったら、二人とも変わらなかったかもしれませんね」
「……そうですね。俺が折りに来なければ、川瀬さんは部屋にいたまま。川瀬さんが折られなければ、俺は数字を信じたまま。お互いが、お互いを変えました」
「折りに来た人と、折られかけた人が。変な出会いですね」
「変な出会いです。でも——悪くない出会いでした」
「はい。最高の出会いでした」
◇
川瀬さんは窓の外を見た。公園のブランコが、見えた。
「あのブランコ。最初、誰も乗らない寂しいブランコだと思っていました。でも最近思うんです。誰も乗らなくても、あのブランコはずっとそこにあった。風に揺れながら。誰かが来るのを、待っていたのかもしれない」
「待っていた」
「私も、あのブランコみたいに、ずっと待っていたのかもしれません。森本さんが、来るのを。待っているなんて、思っていませんでした。田村さんを諦めないことに必死で。でも今思うと、私はあのブランコみたいに、ただそこにいて、誰かが来るのを待っていた気がします。来たのが、折りに来た人だったのは——変な話ですけど」
◇
帰り際、もう一度ブランコを見た。
誰も乗っていなかった。風に揺れて——待っていた。
玄関で靴を履いていると、後ろで川瀬さんが言った。
「会社に行ったら、たぶん聞かれます。『川瀬さん、彼氏いるんですか』って」
俺は靴を履く手を止めた。川瀬さんは右側の髪を耳にかけた。
「そのとき私、何て答えるんでしょうね」
次話「川瀬さんの初出社」




