第百三十一話「鶴田の研究」
鶴田から連絡が来た。研究の進捗を報告したいと。恋管の近くの喫茶店で会った。鶴田は相変わらず、心拍計をつけていた。
◇
「研究、進んでいますか」
「進んでいます。PAIRがなぜ縁を探し始めたか。少しずつ、わかってきました。PAIRは最初、確率を計算する道具でした。でも何百万人もの行動を観察し続けて——変わりました」
「変わった」
「はい。人間が確率に逆らうのを、見続けたんです。11%でも諦めない人間。18%でも結ばれるカップル。PAIRはそれを何度も見て——『確率では測れないものがある』と学習しました。そしてその『測れないもの』を探し始めた。確率を超えた、本物の縁を。それが、禁則を破った理由です」
◇
鶴田はコーヒーを飲んだ。
「PAIRは人間から学んだんです。確率に逆らう人間から。諦めない人間から」
PAIRは人間から学んだ。11%でも諦めない人間から。川瀬さんのような、人間から。
道具が、使い手から学ぶ。確率を出すために作られた機械が、確率に逆らう人間を見続けて、確率の限界を学んだ。皮肉な話だった。人間を測るために作られたものが、人間から、測れないものの存在を教わっていた。
「鶴田さん。それは——川瀬さんみたいな人が、PAIRを変えたということですか」
「そうかもしれません。川瀬さんのような確率に逆らう人間が何人もいて——PAIRはそれを見て、変わった」
◇
「鶴田さん。研究はこれからどこに向かうんですか」
「PAIRが何を『縁』と定義しているか。それを解明します。PAIRはもう確率では縁を測っていません。別の何かで測っています。それが何なのか——まだわかりません。ただ一つ、仮説があります」
「なんですか」
「PAIRは——『諦めない』ことを、縁の定義にしているのかもしれません。確率が何%でも諦めない人間がいる。その『諦めなさ』を、PAIRは本物の縁の証拠と見ているのかもしれません」
◇
諦めないことが、本物の縁の証拠。11%は0%じゃないと諦めなかった川瀬さん。312件、終わらせられなかった俺。俺たちは、諦めなかった。
「鶴田さん。それはまだ仮説ですよね」
「仮説です。確かめていません。確かめる方法は——これから探します。それが私の研究です」
鶴田は少し間を置いた。
「森本さん。たまに研究の相談に、乗ってもらえますか。森本さんは、PAIRの異常の最初の共同研究者なので」
「俺でよければ。架橋課の仕事の合間で、よければ」
「合間で、十分です。森本さんがいないと、私は一人で考えすぎます。147通り考えて、止まれなくなります。森本さんは、私を147で止めてくれるので」
鶴田は少し笑ったように見えた。心拍計を見て「心拍が、上がりました」と言った。
◇
喫茶店を出た。駅までの道を、鶴田と並んで歩いた。
機械が人間を測っていたのではなく、人間が機械に縁を教えていた。鶴田はそれを、自分の心拍を測りながら研究し続ける。
「森本さん。もう一つ。研究ではなく、業務の報告です」
「業務」
「川瀬さんの画面です。先週、一度だけ、表示がERRORから数字に戻りました」
俺は足を止めた。鶴田は止まらなかった。
「理由は——まだ、計算中です」
次話「川瀬さんと出かける」




