第十三話「パーティーに、行ってきました」
翌週、インターホンを押した。扉が開くまで、少し時間がかかった。
「……また来たんですか」
声は普通だった。普通すぎて、少し気になった。
◇
「パーティー、行ってきました」
部屋に上がると同時に、川瀬奈緒が言った。コーヒーを出す前に言った。
「そうですか」
いつもと同じ声で答えようとして、できなかった。少し遅れた。
川瀬奈緒は台所でコーヒーを淹れた。背中を向けたまま、話した。
「幸せそうでした、田村さん。隣に彼女さんがいて——本当に、普通に幸せそうでした。私が見ていても、気づかなかったくらい」
◇
コーヒーを持ってきた。いつもより少し薄かった。
テーブルに座った。川瀬奈緒はカップを両手で持った。そのまま、少し間があった。
「良かったですか」と俺は聞いた。
「え?」
「行って——良かったですか」
川瀬奈緒はカップを見た。答えるのに、少し時間がかかった。
「……わかりません」
(今日は「良かったと思います、たぶん」と言うと思っていた)
(言わなかった)
「行く前は——行ったら何かが終わる気がすると言っていました」
「はい」
「実際には」
川瀬奈緒はカップを置いた。
「終わりませんでした」
静かな声だった。
「……終わらなかったんですか」
「あの人が幸せそうなのを見て、これで整理がつくと思っていたんです。あの人の幸せが私と関係ないってことが、行けばわかると思って。実際、わかりました」
「では——」
「でも整理はつきませんでした」
◇
川瀬奈緒は窓の外を見た。公園のブランコが、今日も風に揺れていた。
「あの人の幸せが私と無関係だってわかると——じゃあ私のこの気持ちは、何に向いているのかって思って」
「……田村さんへの気持ちが、ということですか」
「そうなのかどうか——それも、よくわからなくなりました」
川瀬奈緒は窓から視線を戻した。
「変ですよね」
「……いいえ」
「田村さんを見て整理がつかないなら、もうどこで整理がつくんだって——帰り道、ずっと考えていました」
俺は何も言えなかった。
◇
「11%はまだ残っていますよね」
「……はい。変わっていません」
「そうですか」
川瀬奈緒は、カップをまた持った。
「じゃあ——まだ同じ、ですね」
「同じ」という言葉の意味が、2話前と変わっていた。何が変わったのか、俺には言語化できなかった。
◇
少し間があって、川瀬奈緒が聞いた。
「外れ値の人たちって——今も幸せなんですか」
「5年後のスコアが、全国平均の2.3倍です」
「ずっと待っていた人たちが、ですか」
「……諦めなかった人たちが、という言い方になります」
川瀬奈緒はカップを持ったまま、少し遠くを見た。
「そうですか」
◇
帰り際に、川瀬奈緒が言った。
「折衝さん、一つだけ教えてください。今日——来て、良かったですか」
三秒。五秒。
「……今日は、その質問には」
「答えられない、ですよね」
川瀬奈緒は少し笑った。今日の笑い方は、今までで一番、無防備な形だった。
「折衝さんも——整理がつかないんですよね、きっと」
俺は答えなかった。
◇
エレベーターに乗った。
所見欄に一行書いた。
「川瀬対象者、パーティーに参加。田村への感情、整理つかず。11%の意味が変容しているが、向かう先が不明。来て良かったかと聞かれた。答えられなかった。」
次話「ザイアンス係数が、閾値を超えました」




