第十二話「婚約パーティーの招待状が、届きました」
12月に入った。
恋管の廊下に、出生率対策ポスターが貼り替えられた。毎年この時期になると新しくなる。今年のキャッチコピーは「縁が、未来をつくる」だった。去年も同じようなことが書いてあった気がする。
◇
川瀬奈緒の部屋に上がると、テーブルの上にいつものコーヒーと、もう一枚——白い封筒が置いてあった。
川瀬奈緒はすでに自分の席に着いていた。封筒を見ていた。俺が来たことに気づいて、少し間を置いてから「どうぞ」と言った。
「また来たんですか」を言わなかった。
(初めてだ)
(ただ、今日それを指摘するのが正しいかどうか、わからなかった)
「それは」と俺は聞いた。
「田村さんからです。来月、婚約パーティーをするそうで——招待状をもらいました」
◇
「行くんですか」
「……わかりません」
川瀬奈緒はカップを両手で持った。
「行ったほうがいい、と思いますか」と俺に聞いた。
業務上の判断として答えるなら、「終わりにする機会として有効です」という言い方ができる。実際そういう指導を折衝課はする。
「……今日はその質問には答えられません」
川瀬奈緒は少し笑った。
「また、ですね」
「また、です」
◇
「行くべきではないと思います」と川瀬奈緒は言った。ゆっくりと、確認するように。
「なぜですか」
「行ったら——何かが、終わる気がします」
「それは良いことじゃないんですか。整理のために——」
「整理はしたくないんです。今は、まだ」
(今は、まだ)
(この言葉に、俺は反論できなかった)
「でも」と川瀬奈緒は続けた。「行かないと、ずっとここに置いてある気がして」
封筒を見た。テーブルの上の、白い封筒を。
「行くかもしれません。まだわかりません」
俺はコーヒーを飲んだ。濃かった。
◇
駅のホームで電車を待った。今年の冬は早い。ホームに子供連れの姿はほとんどなかった。
所見欄に一行書いた。
「川瀬対象者、田村の婚約パーティーへの招待。行くかどうか——わからないと言った。」
封筒の端に、田村の字があった。名前だけで、その人が書いたものだとわかるくらいには、川瀬奈緒はその男を見てきたのだろう。
俺は封筒を開けるよう促さなかった。開ければ中身はわかる。けれど、開ける前の時間にも意味がある。折衝課はいつも、開けた後の情報だけを扱う。招待状が届いた瞬間の、開けるかどうか迷っている人間の時間は、どこにも記録しない。
川瀬奈緒は、封筒を裏返した。封は切られていなかった。
「まだ、開けてないんです」
「なぜですか」
「開けたら、行くかどうかを決めなきゃいけない気がして」
俺は何も言えなかった。人は、決める前にも疲れる。決める前の疲れを、PAIRはたぶん数値にしない。
その白い封筒を、俺は自分の終了処理書類に重ねて見ていた。どちらも、開けば終わる。開けなければ、まだ続く。川瀬奈緒は封筒を開けない。俺はスタンプを押さない。封を切るのも判を押すのも、たった一動作だ。その一動作を、二人ともできずにいた。




