第百二十八話「会いたいから、会う」
架橋課に移っても、川瀬さんの部屋に通い続けた。業務ではない。担当でもない。肩書きもない。ただ会いたいから、会いに行った。それが、こんなにも自然なことだとは、思っていなかった。
◇
「また来たんですか」
「来ました」
「架橋課、どうですか」
「窓が、あります。折衝課には窓がなかったんです。架橋課には、ある」
「いいですね、窓」
川瀬さんは自分の部屋の窓を見た。公園のブランコが、見えた。
「私の部屋にも窓ありますよ」
「知っています。毎回、見ていました。公園を。ブランコを」
川瀬さんは窓の方を見たまま、笑った。
「私も毎日見てます。誰も乗らないブランコ。森本さんが来ない日も、見てます」
森本さんが来ない日も。その一言に、来ない日のことが、入っていた。来る日と、来ない日。彼女の毎日は、その二つで、できていた。
◇
「川瀬さん。俺、架橋課で縁を繋げる仕事をしています。でも85%の案件が、繋がらなかったんです。データは高いのに。逆に川瀬さんは11%だったのに、100%になった」
川瀬さんはカップを持った。
「データって、当てにならないんですね」
「いえ——データは最初の入り口です。でも繋がるかどうかは——会いに行くかどうかだと思います。85%でも一度しか会わなければ繋がらない。11%でも何度も会えば、育つ」
「会いに行くかどうか」
「はい。85%の案件は、一度しか会わなかった。でも川瀬さんには——百回近く、会いに行った」
◇
川瀬さんは少し考えた。
「85%の人たちは、一回会って合わなかった。私は百回会って100%になった。回数が、そんなに大事なんですか」
「回数というより——回数の中身だと思います。一回の85%より、百回の積み重ねの方が、強い。一回会ってわかることもある。でも百回会わないと、わからないこともある」
「百回近く会いに来たから、100%になったんですか」
「……かもしれません」
「じゃあ、これからも会いに来てくれたら、100%が続くんですね」
「続くと、思います」
「じゃあ、会いに来てください。100%を続けるために。……あ、でも」
「はい?」
「100%を続けるためっていうのは、口実ですよね。本当は——」
川瀬さんは少し照れた顔をした。一年かけて、二人とも口実ばかり探してきた。業務、継続確認、100%を続けるため。口実がないと、会えない気がしていた。
「本当は会いたいから、会いに来てください」
「……はい」
「口実、もういらないです」
「いりません」
いりません、と言いながら、少し怖かった。口実があれば、断られても「業務だから」と逃げられた。口実を捨てれば、来ることそのものが、むき出しになる。来たいから来た、と認めることは、断られたときに逃げ場がないということだった。それでも、捨てた。逃げ場のない場所に、自分から立った。
◇
駅まで、ゆっくり歩いた。
会いたいから、会う。口実は、部屋に置いてきた。一年かけて集めた口実を、全部、置いてきた。手ぶらで歩くのは、軽かった。
電車が来た。今日も、乗った。見送ることは、もうなくなっていた。急いで帰る理由ができたわけではない。ただ、立ち止まる理由が、なくなっていた。
次話「課長と、相沢さん」




