第百二十六話「折衝課が終わる日」
折衝課がなくなる日が来た。
最後の朝、窓のないフロアに立った。デスクの上には何もない。書類は本部へ、案件は別の部署へ移された。残っているのは俺と課長だけだ。一年前、いや三年前は、ここに何人もいた。一人ずつ辞めていって、最後に二人だけが残った。
「これで終わりだな」と課長が言った。
「はい」
「二十年、ここにいた」
「はい」
課長は四角い部屋を見回した。窓のない、外を見ないために作られた部屋を。自分が設計に関わった部屋を。
「最後に一つ言っておく。折衝課はいい機関じゃなかった。縁を折ってきた。間違っていたかもしれん。でも——お前みたいな折れない人間が、最後にここにいてよかった。折る機関の最後の職員が、一度も押さなかった人間だった。それは、この機関への、いちばんいい弔いだ」
◇
昼過ぎ、看板が外された。
作業員が来て、ドライバーでネジを四本外し、プレートを抱えて持っていった。「折衝課」と書かれたプレートが、壁から消えた。儀式はなかった。スピーチも、拍手も、何もなかった。ただ、ネジが四本外されて、プレートが運ばれていった。壁に、ネジの跡が四つ残った。
「あっけないな」と課長が言った。「人の縁も、こうやって折れていたのかもしれん。あっけなく。書類一枚で、二十五分で。俺たちが折ってきた縁も、当人にとっては、こんなふうに、あっけなく消えたんだろう」
課長は少しだけ笑った。寂しい笑いだった。自分が何千件、あっけなく折ってきたことを、最後に、看板一枚で思い知った顔だった。
◇
夕方、課長が帰り支度を始めた。
「お前は来週から架橋課だな。縁を繋げてこい。折るより、お前に向いている」
「課長は」
「照合を職権で通した分の、支払いが残っていた。あのとき、責任の欄に俺の名前を書かせただろう。本部はあの名前の分を、俺の退職で精算した。妥当な値段だ」
課長は、少しだけ笑った。
「相沢に会いに行く。来週だ。その先は決めていない。二十年ぶりに、何も決まっていない時間ができた」
課長は鞄を肩にかけた。何も決まっていない、と言う声が、不安そうではなかった。むしろ、軽そうだった。二十年、決まりきった督促を出し続けた男の肩から、何かが下りた声だった。
「悪くない」
そう言って、フロアを出ていった。一度も、振り返らなかった。振り返らないのが、課長らしかった。
◇
一人になった。
スタンプを取り出す。配属初日に渡された、一度も押していないスタンプ。折衝課はもうない。それでも、これはまだ俺のものだ。課長が言った。終わったと心から認められた日に押す、そういうスタンプだと。今日は、折衝課が終わった日だ。でも、押さなかった。折衝課は終わっても、俺の中の何かは、まだ終わっていなかった。むしろ、始まったばかりだった。しまった。
壁を見た。ネジの跡が四つ。プレートのあった四角だけ、塗装の色が新しいまま残っていた。看板はなくなっても、そこに何かがあった跡だけは、消えずに残る。外の光は、ここまでは届かない。折る機関は、最後まで外を見ないまま、終わった。窓のない部屋で、俺は一度も縁を折らず、一人の縁だけを育てた。部屋がなくなっても、その時間は、俺の外に、ちゃんとある。明日からは、窓のある部屋へ行く。
次話「架橋課の森本」




