第百二十四話「川瀬さんのスコア」
ある日、鶴田がデスクに来た。
「川瀬さんのスコアが、また動きました。ご本人に、直接お伝えしたいことがあります。森本さんも同席してください」
鶴田は心拍計を一度押さえて、保守課に戻っていった。
◇
翌日、恋管の面談室に三人で座った。
自販機の紙コップが三つ、机に並んでいた。川瀬さんは自分の分を両手で包んでいた。
鶴田が端末を開いた。
「川瀬さんのスコアは、12%でした。先週、動きました」
「何%に、ですか」
「数字ではありません。表示が、ERRORに変わりました」
ERROR。
100%は上限処理で、その五文字になる。俺の画面で三年、見てきた表示だった。
「森本さんと、同じ表示です。保守権限で内部値を読みました。100%です」
鶴田は端末をこちらに向けた。二行あった。どちらも、同じ五文字だった。
川瀬さんは、右側の髪を耳にかけた。
「私も、ERRORですか」
「はい」
「森本さんと、同じ」
「同じです」
川瀬さんの視線が、横へ逃げた。窓の方へ。紙コップを包んだ手は、動かなかった。
◇
「鶴田さん。それは——照合したから、ですか」
「いえ。照合は記録の確認です。スコアを変える操作ではありません」
「では、なぜ」
「わかりません。ただ、動いた時刻は先週です。森本さんが業務じゃなくなった後も、川瀬さんに会いに行き続けた。その積み重ねの結果かもしれません」
「業務じゃない接触も、PAIRは見ているんですか」
「見ているようです。業務上の接触は算出対象外。業務じゃない接触は、そもそも記録されないはずです。なのに動いた。記録に残さないところでも、PAIRは見ているのかもしれません」
会いたいから会いに行く。その一番むき出しの行動を、PAIRは拾っていた。
◇
「少し、怖くないですか。記録されていないことまで見ているなんて」
鶴田は少し考えた。
「怖いという解釈もできます。ただ——私は別の解釈をしています。PAIRは見ているんじゃなくて、願っているのかもしれません」
「願う」
「川瀬さんの縁が育つことを。PAIRは握りつぶされた100%を探し続けています。20年で23組。課長と相沢さんも含めて。川瀬さんの100%が、今度こそ握りつぶされないように——スコアを上げて、応援しているのかもしれません」
「それは、解釈ですよね」
「はい。確かめる方法はありません。でも——私はその解釈が、好きです」
鶴田が「好き」と言った。データでも判断でもなく。
「鶴田さん。今『好き』って、言いましたね」
「……言いました。心拍が、上がっています。たぶん、嬉しいという感情です」
鶴田は少し慌てたように席を立った。端末は、置いたままだった。
◇
二人になった面談室で、川瀬さんが紙コップを置いた。
「エラーって、悪い言葉だと思っていました」
「俺も、そう思っていました」
「12%のときは、誰も応援してくれなかったので」
彼女は壁の方を見たまま言った。
「いい方の、ERRORもあるんですね」
計算するだけの機械が、いつのまにか願っていた。折る仕事をしていた俺が、いつのまにか一つの縁だけ育てていた。機械も人間も、役割を裏切って、同じ方を向いていた。
机の上の端末は、点いたままだった。
同じ五文字が、二つ並んでいた。
次話「折衝課、最後の朝」




