第百二十話「折衝課、最後の日々」
折衝課の看板が外されることが、正式に決まった。
廃止ではない。
再編。
通知にはそう書いてあった。
だが、職員たちはみんな知っていた。縁を折る部署としての折衝課は、終わる。
折衝課、最後の日々が始まった。
そして、俺たちはまだ終わっていなかった。
◇
最後の日々、俺たちは過去案件の整理をした。
完了印の押された書類。押されなかった所見。低確率として片づけられた恋。本人が選べなかった選択肢。
机の上に積み上がるファイルを見て、課長が言った。
「よくもまあ、これだけ終わらせたな」
「課長が作った部署です」
「そうだな」
課長は反論しなかった。
◇
鶴田は、折衝課の古い端末を一台ずつ初期化していた。
「寂しいですか」
俺が聞くと、鶴田は手を止めずに答えた。
「端末には感情がありません」
「あなたは」
「私は、ログが消えるのが嫌いです」
「それを寂しいと言うのでは」
「検討します」
検討するらしい。
◇
夕方、川瀬さんが折衝課に来た。
対象者としてではない。参考人としてでもない。
ただ、来た。
「ここが、折衝課ですか」
「はい」
「窓がないんですね」
「はい」
「だから、コーヒーが必要だったんですね」
意味はわからなかった。
でも、少しわかった気もした。
◇
帰る前に、俺は胸ポケットからスタンプを取り出した。
机の上には、折衝課最後の整理ファイルがあった。
押せる欄がある。
介入完了。
俺はスタンプを近づけた。
押せなかった。
川瀬さんが、それを見ていた。
「押さないんですか」
「押しません」
「なぜですか」
「終わる部署はあります。でも、終わらせていい縁かどうかは、まだ誰にもわからないので」
川瀬さんは、静かに頷いた。
◇
折衝課の入口には、まだ古い看板が残っていた。
恋愛フラグ管理局 折衝課。
毎朝見ていたはずなのに、今日は初めて文字を読んだ気がした。折衝。折って、交渉する。名前の中に、すでに矛盾がある。縁を折るのに、話し合う。話し合えば、折れないものも出てくる。最初から、その矛盾を抱えた部署だったのかもしれない。
川瀬さんは看板を見上げて言った。
「折衝って、いい言葉でもあるんですよね。本当は」
「そうなんですか」
「折り合いをつける、という意味もあります。折るだけじゃなくて」
俺は看板を見た。
折る部署だと思っていた。だが、折り合いをつける部署にもなれたのかもしれない。最初から名前の中に、別の可能性が隠れていた。それを二十年、誰も選ばなかった。
「次の部署名、決まりそうですか」
「まだです」
「折り合い、入れてもいいかもしれませんね」
川瀬さんは、そう言って少し笑った。折衝課最後の日々に、初めて、名前の別の意味が見えた。
部署は終わる。だが、名前の中に隠れていた可能性は、次の部署に持っていける。折らずに、折り合う。それを最初からやれていたら、と思っても遅い。今からしかできない、と課長は言った。その通りだった。
二人で看板を見上げたまま、しばらく立っていた。誰も外しに来ない夕方だった。最後の日々は、まだ少しだけ続く。
次話「川瀬さんと、これからの話」




