第百十七話「選択肢を配る」
二十三組への通知は、郵送と端末通知の両方で送られた。
恋管からの通知は、普通の人にとって重い。
だから文面は、何度も直した。
不安を煽らない。だが隠さない。希望を売らない。だが可能性を消さない。
川瀬さんにも読んでもらった。
「ここ、硬いです」
「どこですか」
「『再評価対象』。人間に使う言葉じゃないです」
「では」
「『過去の判定について、あなたが知るかどうかを選べる情報があります』」
彼女は翻訳者だった。
制度の言葉を、人間の言葉に直すのがうまかった。
◇
通知文の最後は、こうなった。
この情報を知るかどうかは、あなたが選べます。今すぐ決める必要はありません。
送信ボタンを押す前に、課長が全員を見た。
「これは折衝課の仕事ではない」
誰も何も言わなかった。
「だが、折衝課がやらなければならない仕事だ」
課長が送信を承認した。
二十三組に、選択肢が配られた。
送信の瞬間、誰も声を出さなかった。
二十三通の通知が、同時に誰かの端末へ届く。その向こうで、誰かが夕食を作っているかもしれない。子供を寝かしつけているかもしれない。電車で帰っている途中かもしれない。
こちらの一クリックが、誰かの日常に割り込んでいく。
折衝課はこれまで何度もそれをしてきた。今日は初めて、その重さを全員で見ていた。
通知を送信した後、画面には配信済みの数字だけが並んだ。二十三通。すべて正常送信。
正常送信、という表示が、今日は少し怖かった。送信は正常でも、受け取る側がどうなるかはわからない。恋管はいつも、送信したところで処理を終えた気になっていた。だが本当は、通知が届いた後に、その人の部屋で何が起きるかが始まりだった。
「この後、どうしますか」と俺は聞いた。
「待ちます」と課長が言った。
「待つだけですか」
「待つのも仕事だ」
折衝課で、待つという言葉を聞くのは珍しかった。俺たちはいつも、期限を切って、処理を促して、終わらせてきた。待つことは非効率だ。だが、選ぶ時間を渡すなら、待つしかない。
送信後、鶴田は端末のログを見続けていた。
「読まれたかどうか、わかるんですか」
「わかります。ただ、今は見ない方がいい気がしています」
「なぜ」
「読んだ瞬間までこちらが観測すると、相手の選択をこちらの成果にしてしまうので」
鶴田は、珍しく端末を閉じた。観測をやめることも、相手を尊重する方法の一つだった。数える男が、今日は数えないことを選んでいた。
川瀬さんは、通知文の控えを一枚だけ持ち帰った。
「勉強になります」
「何の」
「制度の言葉を、どこまで人間の言葉に戻せるかの」
彼女は、もうこの制度の外側だけにいる人ではなくなっていた。
◇
その夜、川瀬さんが言った。
「これ、怖いですね」
「はい」
「でも、知らないまま決められるより、怖い方がいいです」
「川瀬さんらしいです」
「褒めてますか」
「はい」
「なら、コーヒーを濃くします」
「なぜ」
「褒められたので」
理由にはなっていなかった。
でも、飲んだ。
飲み終える前に、端末が一度だけ震えた。恋管の業務通知だった。開かずに、件名だけ読んだ。
返信受領、一件。
二十三通のうちの、一通目だった。送ったのは今日の昼で、こちらは待つと決めたばかりだった。向こうは、もう選んでいた。
次話「知りたい、と答えた人たち」




