第百十六話「23組をどうするか」
二十三組の候補者に、どう知らせるか。
会議は、そこで止まった。
「全員に通知すべきです」
桐生が言った。
「通知文は中立的に作成できます。『過去のPAIR判定に再評価対象が見つかりました』と」
「それでは不安だけを渡す」
課長が言った。
「では隠しますか」
「隠さない。だが通知だけで終わらせるな」
◇
鶴田が資料を出した。
「選択肢を三つ用意します」
一。詳細を知る。
二。概要だけ知る。
三。知ることを保留する。
「保留?」
桐生が聞いた。
「はい。知りたくない、ではなく、今は知らない。後から選び直せる形にします」
「なぜ」
「人間は、情報を受け取るタイミングでも結果が変わるからです」
鶴田が、そんな人間らしいことを言った。
鶴田の三択案は、最初はもっと硬かった。
一。詳細開示を希望する。
二。概要説明を希望する。
三。現時点では情報受領を保留する。
川瀬さんに見せると、彼女はすぐに首を振った。
「これだと、選ぶ前に疲れます」
「では、どう書きますか」
「一、詳しく知りたい。二、少しだけ知りたい。三、今は知りたくない。でも後で変えられる。これでいいと思います」
鶴田が端末に入力した。
「正確性が下がります」
「人間には、少し下がった正確性の方が届くことがあります」
鶴田は黙った。翻訳者と保守課員が、同じ文を見ている。片方は意味の正確さを考え、もう片方は届き方の正確さを考えていた。
「届かなければ、正確でも意味がありません」と川瀬さんは言った。
その一言で、会議の空気が変わった。
恋管はずっと、正確な数字を出すことに力を注いできた。だが、数字が正確でも、届き方を間違えれば人を折る。23組に渡すべきなのは、正確な通知ではなく、受け取れる通知だった。
俺は、資料の一番上に一文を足した。
急いで決めなくていい。
課長がそれを見て、少しだけ頷いた。
「折衝課が初めて作る、急がせない文書だな」
誰も笑わなかった。笑えないほど、その通りだった。
「通知された瞬間に、人生が二つに割れる人もいます」
鶴田が言った。
「知る前の人生と、知った後の人生です。こちらが渡すのは情報ですが、相手が受け取るのは情報だけではありません」
珍しく、鶴田の言葉に計算式がなかった。
「だから、通知文に逃げ道が必要です。今は読まなくていい。今は決めなくていい。そう書いておかないと、選択肢ではなく命令になります」
俺はその言葉を、手帳に書き写した。「逃げ道のない選択肢は、命令である」と。折衝課で三年、俺は何百回も選択肢を出してきた。終了処理に同意しますか。次の縁に進みますか。どれも逃げ道のない選択肢だった。同意以外の道がない問いを、選択肢と呼んでいた。鶴田の一言で、初めてそれが命令だったと気づいた。
◇
俺は資料に、一文を足した。
あなたの選択が、最優先されます。
課長がそれを見て、頷いた。
「いい」
「手順書にはありません」
「これから作る」
折衝課は、初めて折るためではない文書を作っていた。
次話「選択肢を配る」




