第百十四話「複数のERROR人間」
折衝課の一時停止中、鶴田は過去案件のERROR痕跡を洗い出した。
条件は三つ。
PAIR表示に一時的な欠損があること。
低確率にもかかわらず、介入後に相互変化量が上昇していること。
照合対象外の人物との接触が増えていること。
結果、二十三組が残った。
◇
「二十三組」
課長が低く言った。
「はい。暫定です」
「暫定で二十三か」
「増える可能性があります」
鶴田はいつも通りだった。
だが俺は、その数字を見て、手が冷たくなった。
二十三。前にも見た数字だ。介入中にスコアが上がった案件が、二十三件。また、二十三だ。別の条件で洗い直して、同じ数に戻ってきた。偶然と呼ぶには、そろいすぎていた。
二十三組。
二十三の、もしかしたら折られなかったかもしれない縁。
二十三の、本人たちが知らない可能性。
◇
「全員に照合を勧めるんですか」
俺が聞いた。
鶴田は首を振った。
「それは危険です」
「なぜ」
「100%を知ることは、救いにも負荷にもなります。森本さんと川瀬奈緒さんは、知る準備をしました。他の人が同じとは限りません」
川瀬さんの言葉を思い出した。
100%は、逃げられない問い。
問いを渡すなら、答える準備も必要だった。
◇
課長が言った。
「本部に出せば、管理対象になる」
「隠せば、また同じことになります」
俺が言うと、課長は目を伏せた。
「わかっている」
沈黙のあと、課長が続けた。
「本人に選ばせるしかない」
それが、折衝課が初めて出した、折らないための方針だった。
二十三組の一覧には、現在の状態も添えられていた。
連絡不能。既婚。別離。所在不明。交際継続。死亡。
一覧の最初の行だけ、日付が古かった。2048年。試験段階の一件。相手の欄に、黒塗りを免れた名前が一つ残っていた。相沢。課長はその行を、長いあいだ見ていた。誰も、名前を声にしなかった。
ひとつひとつのステータスが、重かった。可能性は、保存しておけばいつでも取り戻せるものではない。時間が経てば、人は別の人生を生きる。知るには遅すぎる情報もある。知ってしまうには重すぎる情報もある。
「全部、今さらですね」
俺が言うと、課長が低く答えた。
「今さらでも、今からしかできない」
その言葉で、誰も動けなくなった。
二十三組の中には、幸せな人もいるだろう。忘れたい人もいるだろう。今さら知りたくない人もいる。その全員に対して、恋管がもう一度関わる。今度は折るためではなく、選ばせるために。
それは、折るより難しい仕事だった。
二十三組という数字は、少なすぎるようにも、多すぎるようにも見えた。
全国規模の制度から見れば、二十三は小さい。だが一組ずつ見れば、それぞれに生活がある。朝起きる理由があり、送らなかったメッセージがあり、捨てられなかった写真がある。
統計では端数になるものが、本人には人生の中心になる。
折衝課は、その端数を折ってきたのかもしれなかった。
川瀬さんにその数字を伝えると、彼女はしばらく黙っていた。
「二十三組、ですか」
「はい」
「それは、二十三個の数字じゃないですよね」
「はい」
「二十三組ぶんの、朝がありますね」
朝、という言い方が、妙に彼女らしかった。恋愛ではなく、生活で数えている。
「私も、その一組だったかもしれませんね」と川瀬さんは言った。
「もし俺が、知らないままだったら」
「はい。知らない朝を、ずっと続けていたと思います」
知らない朝。それは不幸とは限らない。ただ、知ってしまった今の朝とは、別のものだった。
次話「折衝課の廃止が議論される」




