第百十三話「20年前のERROR人間」
鶴田が、20年前の試験ログを復元した。
「違法ではないんですか」
「復元権限はあります」
「本当に?」
「一部あります」
「一部」
「残りは、課長の黙認です」
課長は聞こえないふりをした。
◇
復元されたログには、課長以外にもERRORがあった。
一件。
二件。
三件。
画面をスクロールするたびに、同じ表示が出てくる。
ERROR。
ERROR。
ERROR。
「課長だけじゃ、ない」
「はい」
鶴田は、淡々と言った。
「20年前の試験段階で、少なくとも六名のERROR人間が確認されています」
「六名」
「ただし、当時のログは不完全です。実数はもっと多い可能性があります」
◇
課長の顔色が変わっていた。
「俺は、知らなかった」
「課長」
「俺のERRORだけだと思っていた。だから、自分の弱さを制度にした。だが他にもいたのか」
課長は椅子に座り込んだ。
それは、自分の過去が崩れる音だった。
◇
「この六名は、その後どうなったんですか」
俺が聞いた。
鶴田は画面を切り替えた。
「三名は通常マッチングへ移行。二名はデータ欠落。一名は、恋管設立後に折衝課の初期対象になっています」
「折衝課の」
課長が顔を上げた。
「まさか」
鶴田は頷いた。
「はい。恋管は、100%の可能性があった人を、低確率案件として処理していた可能性があります」
部屋の空気が、変わった。
俺たちの問題ではなくなった。
これは、制度の罪だった。
六名の名前は、ほとんど黒塗りだった。年齢、地域、職業も一部しか残っていない。人間の輪郭だけが消され、ERRORという表示だけが残っていた。
「名前がないと、数字だけですね」
俺が言うと、鶴田は頷いた。
「はい。だから危険です。数字だけなら、制度は簡単に処理できます」
課長は、画面を見続けていた。
「俺は、自分だけが例外だと思っていた。自分だけの弱さだと思っていた。だから隠した。例外なら隠せる。だが、複数あるなら、それは構造だ」
「構造」
「制度が、同じ種類のものを何度も見落としていたということだ」
課長の声は、初めて折衝課の課長ではなく、制度に責任を持つ人間の声になっていた。
課長は、六名という数字を何度も見ていた。
一人なら、個人の悲劇で済む。六人なら、制度の設計ミスになる。実数がもっと多いなら、それはもう、設計ミスではなく方針だった可能性すらある。
俺は、画面に並ぶERRORを見ながら、自分が孤独ではなかったことを知った。
だが、それは慰めではなかった。同じように見えない場所へ押し込められた人間が、他にもいたというだけだった。
「鶴田さん。この六名は、自分がERRORだったことを、知っているんでしょうか」
「ほとんどは、知りません」
「知らないまま、別の人生を」
「はい」
俺は、自分のERRORを思った。知ってしまった。知って、川瀬さんに会いに行った。もし知らなければ、俺も六名の一人として、静かに低確率案件を処理していた。知るか知らないか。その一点だけで、人生は二つに分かれる。分けたのは、鶴田が照合を準備してくれたからだった。
次話「複数のERROR人間」




