第百十話「鶴田の報告書」
鶴田の報告書は、七十二ページあった。
表題は、こうだった。
PAIR上限処理および照合対象外接続に関する暫定報告。
課長が最初の一ページを見て、眉間を押さえた。
「長い」
「必要最低限です」
「七十二ページがか」
「本当は二百三十ページあります」
「削って七十二か」
「はい」
鶴田は誇らしげだった。
◇
報告書の核心は、三つだった。
一つ。森本遼のERRORは、100%上限処理による表示不能である。
二つ。川瀬さんとの照合結果は、PAIR内部に正式照合以前から断片的に存在していた。
三つ。職員と介入対象者は、本来照合対象外である。
つまり、PAIRは禁則を破っていた。
◇
「PAIRが勝手に照合した、ということですか」
俺が聞くと、鶴田は首を振った。
「勝手に、という言い方は感情的です」
「では」
「設計上は参照しないはずの関係性を、PAIRが縁の候補として保持していた、ということです」
「同じでは」
「だいたい同じです」
課長が低く唸った。
「なぜそんなことをした」
「わかりません。ただ、PAIRは成立確率だけでなく、折衝による変化量を見ていた可能性があります」
「変化量」
「森本さんが折るために訪問する。川瀬さんが変わる。森本さんも変わる。その相互変化が、PAIRにとって縁の強度として扱われた可能性があります」
◇
鶴田は最後のページを開いた。
「結論。PAIRは、人間が縁を結ぶ前の完成形ではなく、縁が育つ過程を検知していた可能性があります」
課長が黙った。
俺も黙った。
折りに行くたびに、縁が育つ。
冗談のような一行が、システムの核心になり始めていた。
報告書の余白には、鶴田らしくない一文があった。
備考:この現象を異常としてのみ扱うと、観測対象の意味を取り落とす可能性がある。
「備考、感情的ですね」
俺が言うと、鶴田は少しだけ目を逸らした。
「感情的ではありません。分析上の注意です」
「そうですか」
「はい。分析上、森本さんと川瀬奈緒さんを異常として処理すると、二人が何を選んだかが消えます。私は、それを消したくありません」
課長が、報告書から顔を上げた。
「鶴田。お前、変わったな」
「変化量は検出されています」
「そういう話じゃない」
「では、計算中です」
久しぶりの計算中だった。だが、以前とは少し響きが違った。逃げではなく、照れ隠しに近かった。
報告書の文体は、いつもの鶴田そのものだった。
余計な感情はない。だが、余計な注釈は多い。脚注が多すぎる。脚注の脚注まである。課長が途中で「これは報告書か、鶴田の遺言か」と言った。
鶴田は少し考えて、「報告書です。遺言にするには、まだ計算が足りません」と答えた。
誰も笑わなかった。笑わなかったが、少しだけ空気が緩んだ。
七十二ページのうち、最後の備考だけ、鶴田は手書きにしていた。照合室の紙と同じだ。印刷すると手順に見えるから、と前に言っていた。手順にしたくない言葉だけ、この男は手で書く。膨大な脚注の中で、たった一行だけが、鶴田の本心だった。
次話「課長に、2048年を、聞く」




