第百九話「11%は0%じゃない、の最終形」
折衝課の一時停止後、俺は過去案件を見直した。
312件。
俺が、折りに通った恋。
そのすべてに、完了記録がある。書類上は、終わっている。
だが、所見欄を読み返すと、終わっていないものがいくつもあった。
「本人納得、ただし沈黙長い」
「次回訪問不要、ただし本人は写真を捨てず」
「成立見込み低、ただし相互接触増」
俺は、何を終わらせてきたのだろう。
◇
川瀬さんにその話をした。
「11%は0%じゃない、という言葉を、私は田村さんのことだと思って言っていました」
「はい」
「でも今は、少し違います」
「どう違いますか」
彼女は、少し考えた。
「低い数字の中に、まだ本人も知らない変化が残っている、という意味だったのかもしれません」
「変化」
「はい。私は田村さんを諦めないと思っていました。でも実際には、あなたが来るたびに変わっていた。11%は、田村さんとの可能性ではなく、私が変われる余地だったのかもしれない」
俺は黙った。
11%は0%じゃない。
その言葉の意味が、最初とまったく変わっていた。
◇
「じゃあ、100%は何ですか」
俺が聞いた。
川瀬さんはカップを見た。
「100%は、答えじゃなくて、逃げられない問いです」
「問い」
「この縁と、どう生きますか、という問いです」
100%が出ても、何も終わらない。
むしろ、そこから始まる。
そのことを、彼女は俺より先に言葉にした。
川瀬さんは、少し迷ってから言った。
「私、11%という数字を盾にしていたんだと思います。田村さんを諦めないための盾です。でも本当は、諦めない自分を説明する言葉がほしかっただけかもしれません」
「説明する言葉」
「はい。人は、理由がないと続けてはいけない気がするので」
それは、俺にも刺さった。俺は三年間、スタンプを押せない理由を持たなかった。理由がないまま押せないことを、欠陥だと思っていた。けれど、理由がないまま続くものもある。後から理由が追いついてくるものもある。
「11%は、理由でしたか」
「最初は。でも今は、入口だった気がします」
「入口」
「はい。田村さんへの11%から入って、別の場所に来てしまいました」
彼女は窓の外を見た。ブランコは、今日も揺れていた。
最初に彼女が「11%は0%じゃない」と言ったとき、俺は反論だと思った。
今ならわかる。あれは反論である前に、彼女が自分を立たせるための杖だった。折れそうになるたび、その言葉を床に突いて、立っていた。
その杖が、いつの間にか俺の手にも渡っていた。
0%ではないものを、すぐに終わったことにしない。俺がスタンプを押せなかった理由も、たぶん同じ場所にあった。
過去案件の所見を、もう一度読み返した。「ただし」で終わる所見が、いくつもあった。本人納得、ただし沈黙長い。次回不要、ただし写真を捨てず。あの「ただし」の一つ一つが、0%じゃない、の痕跡だったのかもしれない。俺は折るたびに、無意識に折れないものを書き残していた。スタンプを押せなかったのと、同じ手で。
次話「鶴田の報告書」




