第百四話「架橋課から、来た人」
桐生は、翌日、折衝課に来た。
架橋課の職員が折衝課に来ることは少ない。縁を繋ぐ部署と、縁を折る部署は、同じ恋管の中にありながら、ほとんど別の国のように動いている。
「森本遼さん」
「はい」
「川瀬奈緒氏との接触頻度について、確認があります」
桐生は端末を開いた。
「照合後の非業務接触が確認されています」
「先日の訪問ですか」
「はい」
「本人に謝罪しました」
「謝罪も接触です」
言い方に、体温がなかった。
◇
「架橋課は、何を問題にしているんですか」
「問題にしているのではありません。分類しています」
「分類」
「森本さんと川瀬奈緒氏の関係は、恋管が介入した結果、成立した縁です。これは架橋課案件なのか、折衝課案件なのか、対象外なのか、判断が必要です」
「人間関係を、部署で分けるんですか」
「恋管は、そういう機関です」
正しい。
正しいから、腹が立った。
◇
課長が割って入った。
「桐生。森本と川瀬氏の関係を、架橋課の成果に入れるつもりか」
「成果ではありません。前例です」
「前例を作ると、何が起きる」
「折衝課の介入対象と職員の接触制限が強化されます」
「つまり、お前たちは二人を切り離す理由を探している」
桐生は、少しだけ沈黙した。
「制度上は、その必要があります」
川瀬さんの言葉を思い出した。
私のことなのに、私が最後になるのは嫌です。
俺は立ち上がった。
「本人の意思確認をしてください」
桐生が俺を見た。
「それは、手順にありません」
「なら、手順を足してください」
桐生は、俺の反論を聞いても顔を変えなかった。ただ、手元の端末を一度だけ伏せた。
「本人の意思確認を入れると、処理が複雑になります」
「複雑でいいです」
「恋管のシステムは、複雑なものを減らすためにあります」
「だから、こうなったんじゃないですか」
桐生は黙った。
架橋課に移った桐生は、かつて折れなくなった男だ。制度の側に戻ったように見えるが、完全に戻ったわけではない。今もどこかで、8%を知ってしまった人間の顔をしている。
「……本人の意思確認を、提案として上げます」
「ありがとうございます」
「通るとは限りません」
「それでも」
桐生は端末を開き直した。
「それでも、記録には残ります」
その一言だけは、少し人間らしかった。
桐生は、かつて折衝課にいた。
だからこそ、言葉が冷たかった。外から来た人間の冷たさではない。中にいた人間が、自分を切り離すために身につけた冷たさだった。
窓のある部署へ移った男が、窓のない部署に戻ってきて、俺と川瀬さんの関係を分類しようとしている。
その皮肉を、桐生自身もわかっている顔だった。
桐生は帰り際、ドアの前で一度だけ立ち止まった。
「森本さん。架橋課は、縁を繋ぐ部署です」
「知っています」
「繋ぐ部署にいると、ときどき、折る部署の方が正直に見えます」
それだけ言って桐生は廊下へ出た。窓のある部署へ戻る背中だった。折れなくなった男は繋ぐ側に回っても、折れなかった記憶を持ったままだ。8%は一度知ると消えない。
夕方、端末に架橋課からの通知が一件入った。差出人は桐生だった。件名は、分類結果。開くと、俺と川瀬さんの名前の下に、項目が一語だけ入っていた。
交際。
次話「本部からの呼び出し」




