第百三話「鶴田が、庇おうとする」
本部聴取で、鶴田は一人で全部を背負おうとした。
「照合環境の構築、ログ抽出、ERROR解析、仮ラベル作成、すべて保守課の判断です」
監査担当が聞いた。
「森本職員の関与は」
「限定的です」
「課長の関与は」
「承認のみです」
「川瀬奈緒氏の関与は」
「本人同意のみです」
横で聞いていて、すぐにわかった。
鶴田は、俺たちを庇っている。
◇
「違います」
俺は口を挟んだ。
鶴田がこちらを見た。珍しく、少しだけ目が大きくなった。
「森本さん」
「照合を希望したのは俺です。承認を求めたのも、俺です。川瀬さんにも、俺が話しました」
「森本さん、その説明は非効率です」
「効率の話ではありません」
監査担当が、端末に記録した。
◇
聴取後、廊下で鶴田に止められた。
「なぜ否定したんですか」
「あなた一人の問題ではないからです」
「私一人の問題にした方が、処理は簡単です」
「簡単に処理されたくないんです」
鶴田は黙った。
「森本さんは、非効率ですね」
「よく言われます」
「誰に」
「最近、自分に」
鶴田は少しだけ笑ったように見えた。
鶴田は、庇うのが下手だった。
言葉が硬い。説明が長い。責任を一人で背負うなら、もっと感情的に、もっとわかりやすく言えばいい。だが鶴田は、いつもの保守課の言葉で俺たちを庇おうとした。
それが、逆に本気に見えた。
この人は感情を感情のまま出せない。だから、責任範囲という形に直して、こちらへ差し出している。
廊下の端で、鶴田はもう一度だけ振り返った。
「森本さん」
「はい」
「私は、庇うという行為をまだ正確に理解していません」
「はい」
「でも、今日、少しデータが取れました」
それだけ言って、鶴田は歩いていった。庇われる側ではなく、庇い合う側に入ったことを、本人はたぶんまだ知らない。
◇
その夜、鶴田から一通だけメッセージが来た。
「庇うという行為は、データ上、非効率ですが、記録価値があります」
続けて、もう一通。
「今日の森本さんの発言を、私の手元ログに残します」
俺は返信した。
「データには残さないんじゃなかったんですか」
返事はすぐ来た。
「これは、データではありません。所見です」
鶴田がそんな言葉を使ったことに、俺は少し驚いた。
翌日、鶴田の机に小さな付箋が貼ってあった。
一人で背負うな。
誰が貼ったのかはわからない。桐生か、課長か、保守課の誰かか。鶴田はそれを見て、しばらく固まっていた。
「取らないんですか」
「付箋の接着力がどの程度持つか、観察します」
「本当の理由は」
「……取ると、なかったことになる気がします」
その言い方が、少しだけ鶴田らしくなかった。彼もまた、何かを手元に残したがっている。データではなく、所見として。誰かの短い言葉を、自分の机に貼っておく。それは、彼なりのスタンプなのかもしれなかった。
その日の終業時、付箋はまだ貼られていた。
その夜、俺は自分のデスクにも小さなメモを残した。鶴田に倣ったわけではない。ただ残しておきたい言葉が、初めて自分にもできた。「一人で背負うのは効率がいいだけだ」と。
次話「架橋課から、来た人」




