第百二話「川瀬さんに、言うべきか」
川瀬さんに、どこまで話すべきか。
朝から、その問いだけが残っていた。
100%が出たことは、本人が画面で見ている。だが本部の聴取、規定の見直し、PAIRが勝手に照合していた可能性までは、まだ話していない。
話せば、聴取の日まで彼女を待たせることになる。
話さなければ、隠すことになる。
俺は、隠す方を選びかけていた。
◇
昼、端末を三度開いて、三度閉じた。
書き出しはできる。「本部から聴取の通知が来ています」。その先が続かない。文字にすると、通知の文面と同じ温度になる。
夕方まで、送らなかった。
◇
終業の時刻に庁舎を出ようとして、足が止まった。
玄関のガラスの向こうに、川瀬さんが立っていた。
入口から少し離れた柱の横だった。両手で封筒を持っていた。帰る職員が一人、二人と横を通り、彼女を見て、それから中の俺を見た。
俺はロビーを横切った。歩いた。走らなかった。走れば、見ている全員に何かを教えることになる。
ガラスの扉を押した。
「川瀬さん」
「来ました」
彼女は封筒を少し持ち上げた。
「今日、恋管から届いたので。聴取だそうです。任意だそうです。任意という言葉ほど、任意に聞こえないものはないですね」
「……はい」
川瀬さんは右側の髪を耳にかけた。
「森本さん、知っていましたか」
知っていた。可能性としては、知っていた。
メッセージなら、ここで時間をかけられた。だが目の前だった。
「可能性は、聞いていました。伝えるのが遅れました。すみません」
川瀬さんの視線が横へ逃げた。通りの方へ。三秒。
「文字だと、森本さんは時間をかけて返す人なので。顔を見て聞きたかったんです。だから来ました」
それだけ言って、彼女は歩き出した。駅の方へ。俺は半歩遅れて並んだ。
◇
部屋に上がった。
「コーヒーはあります。少し薄いです」
薄い、と先に言われた。
「隠されるのは、嫌です」
カップを両手で包んで、川瀬さんは言った。
「11%のときも、私は自分の気持ちをPAIRに先に知られていた。100%のときも、恋管に先に扱われている。私のことなのに、私が最後になるのは、嫌です」
「はい」
「森本さんが守ろうとしたのは、わかります。でも、守るなら、知らせてください」
言い返せなかった。
「守ろうとしたんです」
言ってから、間違いだと思った。
川瀬さんは少しだけ眉を上げた。
「守る、って、誰が決めるんですか」
「……俺が勝手に決めました」
「はい。そこが嫌です」
正しかった。守るという言葉は、優しい顔をして相手の選択を奪うことがある。恋管はずっとそれをやってきた。傷つく前に折る。次へ行けるように整理する。全部、守るという名の管理だった。
「次から、全部話します」
「全部は無理です」
「できる限り」
「はい。それでいいです」
川瀬さんはカップを置いた。
「謝罪は受け取ります。でも、次に同じことをしたら、コーヒーは出しません」
「それは困ります」
「なら、話してください」
俺は飲んだ。
薄かった。
だが、苦かった。
次話「鶴田が、庇おうとする」




