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第7話 黒鷲護国卿と歴史の転換点(1)

本作品はカクヨムでも同時連載中です。

月曜から金曜まで毎日更新予定です。今のところ土日休み。

ゴールデンウィーク中も休まず月ー金更新予定。

ブラック労働者なので祝日が無いのです。

本当に祝日がいつだか考えないとわからない…。

 アスラがひとり、フィロニコス不在の家と養母を守るために奔走し、白い結婚をし、なぜか夫であるウォレスに軟禁されているその頃、護国卿(ドミヌス)アイティウスは戦場を訪れていた。頻発する戦争で目が回るほど忙しいということを言い訳に、アスラにはかなり長い間会っていなかった。年頃になってどんどん綺麗になって行く姿を見るのが辛かったからだ。

 万事に用意周到なアイトのこと、アスラが何か困ればすぐに助けに行けるように、連絡手段を本人に渡してはあったのだ。助けて、と一言でいい、魔石を通して伝えてくれさえすれば、彼は戦場を放り出してでも彼女の元に向かうだろう。実際のところ、懐に持っているアスラと揃いの魔石を眺めては、何か言って来ないだろうかとぼんやり考えてため息を吐く…そんな日々が続いていた。

(エグい戦場にいると、余計に彼女の笑顔を見たくなるんですよねェ…)

 苦しいからこそ、仕事に精を出す。

 アイトは特殊作戦に従事していた…というかアイトの指示で特殊な任務を遂行する部下たちを至近距離で見守っていた。具体的には、戦争が起きている国、アリアンシャフル首都の市街地に、ごく少数の部下と共に潜入し、粗末な民家の一室から戦を眺めている。

 アリアンシャフルは帝国の東側に存在する、国土的にはかなりの規模を誇る国家。政治体制は混乱期にあり、全体的には貧乏で教育水準も低いが、こういう国は往々にして軍事力に全振りするものだ。恐怖政治で蓄えた資源を注ぎ込んで巨大なる滅びマグヌム・エグジティウムの大魔道を完成させようとしている。

 帝国は開戦に踏み切った。

 相手がめんどくさい大魔道を手にする前に潰すのは当然。

「ご覧なさい、あれが蜂の巣(エグザメン・アピウム)という帝国正規軍の得意な戦術ですよ。大規模魔道をひとつ繰り出すよりも、小規模な魔術を膨大に一斉展開することで、攻撃の精度が上がるんですね。大魔道士級を投入するよりも中級以下の人員を効率的に戦力化することができます」

 アイトはほとんど他人事のように、自軍の若手に説明をしていた。

 連れてきたのは将校がふたりと、本当に入ったばかりの若い者が数名。これはアイトに言わせればただの見学者だ。

 夜空に炎が上がり、離れて見る分には美しくさえある。

「ああいう派手なの、私がやっているんじゃないかってよく言われるんですよねェ…」

「は。ドミヌスが陣頭に立たれる場合は、それこそお一人でもあの規模の魔術の展開が可能ではないかと誰もが思うところです」

 若い方の将校、ウルディンが答えた。東域の軍閥出身で、素直が取り柄の熱血漢だ。隣にいたもう一人の将校、エデコは同僚の迂闊な発言に眉をぴくりと動かす。

「そぉんなこと致しませんよォ?私は行政官であって軍事指揮官ではないのですからねェ…」

 帝国法上の分類で言えば、ドミヌスは確かに行政官と言えなくもない。アイトはそのことを都合良く使ってやりたい放題だ。中央の要請は選り好みして断る一方で、「統治のための必要最低限の治安維持部隊」を編成して完全に私兵化している。

 この戦争だって、正規軍としての参加は見合わせておいて、特殊作戦を勝手に計画して、精鋭を投入、本人も現地で事態を見守るために潜入したところ。 

「私は誤解を受けやすいんですよね。人より体が大きいからでしょうか」

 アイトの口調は飄々として、本気で言っているのかわざとなのかよくわからない響きを持っている。確かにアイトは同行している兵士の誰よりも背が高いが、それはアイトが体格の良い兵士をあまり好まないせいでもある。曰く、過酷な特殊作戦に長時間従事するには中肉中背くらいの方が耐久力に優れる、と。

「は…それは、グッ!」

 ウルディンは何事か言いかけ、エデコに裏拳を決められた。

「ウル、余計なことを申すな」

 現実のアイトは、恐ろしく有能な軍事指揮官、偉大なる黒魔道士にして、剣術と格闘技も若い兵士並みに日々鍛え上げ、そもそもの体力身体能力が人間離れしているという、反則級の強さを誇る。…が、アイト自身が「行政官なのでできません」を日常的な言い訳として用いている以上、配下がその文脈に反する発言をすることは慎むべきだった。

「ドミヌス、そろそろ刻限でございます」


 潜伏していた粗末な建物の入り口の扉には魔法陣が光っていた。

 これはアリアンシャフルの現在の支配層である、神の軍(セパー・エ・ホダー)と呼ばれる軍事組織が住民の家一軒一軒に貼り付けている、人を閉じ込める魔法。これが起動されている時間には、住民は家から出ることも、入ることもできない。たとえ火事になろうとも逃げられないし、在宅せよと指示されている時間に外に居るのが見つかれば処刑される。

 エデコが声をかけたのと同時に、扉に描かれた魔法陣から光が消えた。

「先ずは予定通りに解除できたようですねェ」

 それはアイトの配下が仕掛けたものだ。

 高級魔道士の一団が連携し、同時に広範囲で住民の行動制限を解除する。

「さァ、この国の民は安全を棄てて出て来るでしょうか。ンフフ…見物ですねェ」

 楽しそうに笑いながら、アイトは黒い頭巾を被る。

 外は灯りもつけられぬような魔道制限をかけてあるから、黒で全身を包んでしまえば目立たない。

「参りましょう」

「はっ」

 

                    *


 アリアンシャフルは元は皇帝がいて栄えていた国だ。遠い昔には千年帝国インペリウム・ミレニアムと渡り合うほどに強大だった。

 周辺に国家が出来、広大な領土を少しずつ削り取られ、最後は皇帝を廃し、滅んだのが数十年前。

 後に出来た共和政府は有象無象に過ぎず、あっという間に腐敗し、民衆の不満を抑え込むために恐怖政治を敷いた。ごく一部の人々だけが富を握り、貧困で人が死んでいく有様でも、民衆は抵抗の手段を持たない。

 帝国正規軍がアリアンシャフルと戦争を始めた時、アイトに協力を依頼した者がいた。それは、この国の元皇太子。

 元皇太子は帝国に亡命し、この数十年を静かに過ごしていた。恐怖政治に崩壊の兆しが見えず、国を取り戻すことは難しかったから、国に帰らず帝国に留まったのだ。彼はアイトにこう言った。

「帝国がアリアンシャフルに攻め込んでいる今を逃せば、民と文化が生き延びる機会は永久に失われる」

 それはおそらく正しい。

 帝国正規軍の目的は滅びの大魔道を破壊することであって、他国の政治体制を変えようとはしていない。目的を達成すれば撤退するだろう。アリアンシャフルを属領として占領するところまでは現状では考えていないはずだ。

 終戦後には、大魔道を失っても国内の恐怖政治の骨格が残される。

 その先にあるものは国家の緩慢な死。

 いつの日か恐怖政治が維持できなくなる頃には、国家の枠組みも文化も何も無くなっているだろう。

 元皇太子は続けてこう言った。

「私はアリアンシャフルを取り戻すために戦い、死ぬことになる」


 アイトは協力を決めた。

 元皇太子は余生を平穏に生きることよりも、流血を選んだのだ。


                    *

 

 帝国の攻撃と、防衛するセパー・エ・ホダーの交戦の音は市街地からは距離がある。街にいると遠くの業火の音が不気味に響くだけで、家に閉じ込められた民衆はただ息を潜めているしか為す術がなかった。

 だが、魔法陣が消えて軟禁が解除された後から、少しずつ、街に物音が増えて行く。人の声、足音、争う音、魔術の起動音。それらは細波のように広がり、いつしか悲鳴と怒号の入り混じる混沌へと成長していった。

 蜂起せよ…

 蜂起せよ…

 蜂起せよ…

 元皇太子の声が、魔術の波動に乗ってアリアンシャフルの夜に広がり行く。


「本当に戻って来たようですねェ」

 アイトはそう言うと満足そうに笑った。

 民衆を閉じ込め、監視する複雑な魔術構造を突破したのは、アイトが仕込んだ特殊部隊だ。元皇太子にもこの国の誰にも、武装したセパー・エ・ホダーに抗う術は無かった。

「私に出来ることは、檻の鍵を開けて差し上げることだけです。出て来て血を流すかどうかは彼ら次第…ここの人々は戦いを選んだ」

 アイトは嬉しそうであった。

「アリアンシャフルという国にとって、今夜はおそらく、彼らが歴史と文化を後世に繋げられる最後の一夜なのですよ」

「帝国軍が戦争を終結させるからですか?」

 ウルディンは思わず主に質問を投げかける。

「ええ、そうです。この国には自力で体制を転覆させるだけの力は残っていない。帝国軍が交戦状態にある今を逃せば、勝ち目は全く無いのですよ。蜂起し、この国の人間たちが膨大な量の血を流し、それでも国を取り戻したいと望めば、帝国軍もやっと手を貸してやる大義名分が得られる」

「大義名分、で、ございますか」

 まだ若いウルディンには、実質主義のアイトが大義名分に拘る意図が掴めない。

「ンッフッフ。大義名分というのは戦争において最も重要なものですよォ。大義名分のない戦争はただの殺戮、略奪です。軍は暴力を商売にする以上、品格を落としてはならない」

「は…」

「まァ、帝国軍は巨大なる滅びマグヌム・エグジティウムの完成を避けられればそれだけで大義名分だと思ったようですけどねェ。この国の民衆を救うというところにまで大義名分を見出したのは私の個人的な考えに過ぎません」

 そこまで言うとアイトは、群衆が向かい始めた古の城を指差した。

「私たちも見に行きますよ。この事態を引き起こしたひとりとして、血が流れる様を見に行かなければなりません」





 

お読みいただきありがとうございました。

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