第5話 偽りの白魔道士
本作品はカクヨムでも同時連載中です。
本日4月27日に、この原稿5話を投稿し、後で夕方くらいにでも6話を投稿します。
そのあとはカクヨムと完全に同期化して、月曜から金曜まで毎日更新しようと思っています。
ゴールデンウィーク中も休まず月ー金更新予定です…ブラック労働中なので私に祝日が存在しないからです…。祝日が一体何日なのかもわからなくなって来ました…。
扉を叩く音は尖った硬いもので、その鋭さは緊急性を示していたように思う。
「入れ」
ウォレスの声音もまた、日頃の甘えたようなものではなく、奇妙な自信と高揚感の入り混じる、緊張したものだと感じられた。
入室した男はウォレスの耳元に口を近付け何事かを囁いた。ウォレスは一瞬で血相を変える。
「なんだと?すぐに追うぞ」
それから彼はアスラを振り向いて言った。
「母がエドワルダを追い出した!僕が当主になったから、急いで彼女を遠ざけようとしたんだろう。可哀想に、エドワルダはどれだけ心細い思いをしているか。僕は追いかけて来るから、君はここで…そうだね、始めていてもいいんだよ?」
「いや、ちょっとそれ、」
ウォレスは知らせに来た男と共にバタバタと出て行った。
(あ、まずいのかも)
ウォレスを呼びに来た男は、見慣れたウォレスの取り巻きではなかった。もっと年配で、身なりも堅い。煌びやかさは無いが仕立てのいい、しっかりした衣装。
(エティコン家の当主に仕えている者たち…?)
家の使用人の中でも幹部か遠縁の親族といった側近だろう。
これまでウォレスの父親に仕えていた者がわざわざ来たということは、ウォレスの父親や兄が死去したのはおそらく事実だ。家臣は、いかにボンクラの末っ子であろうとも、ウォレスが当主となったからにはウォレスに従う。それが帝国貴族のしきたりというものだ。
ウォレスはもう、ただの遊び人の末っ子ではない。彼の命令は当主命令として、ある程度の能力がある使用人や、貴族階級の者たちによって重く扱われる。たとえウォレスの頭がイカれていても、だ。
アスラを軟禁せよ、という命令を本気で実行する大人たちがいる。
そうは言っても、妻であるアスラに他の男の子供を産ませろ、というのはかなりな無茶苦茶だ。帝国貴族としては相当に危険な行為と言える。発覚すれば罰を免れない。…だが、関係者全員で一部の隙もなく口裏を合わせる自信があるとすればどうだろうか。
(何が起きているのかわからないけど…どうしたらいいのだろう)
ウォレスが独断で狂った行動を取っているわけではなさそうで、それは思ったよりも状況が悪いことを示している。
「…えっと、始めようか?」
共に部屋に取り残された男が遠慮がちに声をかけた。
そこでアスラは初めてまじまじとその男を見る。年齢はウォレスよりかなり若い。たぶん、アスラとそんなには違わない。顔とか背格好とか髪色や目の色はウォレスに近いが、それだけだ。身分や教養が低いのは置いといて、この男には存在感というものがない。薄ぼんやりしている。
(ウォレスの存在感が強いのは頭おかしいからってだけだけど)
「…何を始めるのよ?いい?私とあんたには何も始まらない」
その男の存在は雑音に思えた。今は、この状況をどうすべきか考えるべきだった。アスラは常に、いかなる時も冷静に現実に向き合うようにと育てられたのだから。
「あの旦那は、早く始めるようにって言っていたよ。長椅子が広いからそこでやろう」
男の声にはどこか気を使っているような響きがあった。ウォレスが金で雇ったのだろうが、襲えと言われているわけではないらしい。彼が近づいて来るのを見てアスラは長椅子から立ち上がり、冷静に言った。
「ちょっと待ってよ」
男は足を止めた。当惑した顔になる。
「待って……って、何を?」
「私はやらない。いい?あなたが何を言われた知らないけど、それどころじゃないのよ」
男は首を傾げた。 本当に困惑している様子だった。
「気が変わったのか?困るなあ。あんた、ちびっこいもんな。でも痛くしないように気をつけるよ。怪我させないようにって言われているから心配するなよ。爪も切ってきたし」
本気でそう思っているらしい。金髪の髪を掻きながら、おそらく彼なりに優しいつもりの言葉をかける。
「金もたんまりもらえるんだ。悪い話じゃねえだろ? さ、座って。ゆっくりしようぜ。あんた赤毛のちびっこだけど、よく見たら顔は可愛いじゃんか」
男の手が、ゆっくりとアスラの肩に伸びてきた。
アスラは一歩、後ずさった。
「やめて。あんた、私を妊娠させるようにって言われているんでしょ?」
「…そうだよ?あんたも合意しているって聞いたけど」
「してない。そんなこと合意してない」
困る、困る困ると男は繰り返した。
その瞳には何も映っていない。
「俺、上手いよ?」
「…そんなことに上手い下手があるの?」
「あるだろ?」
「とにかくやらないし!あんただって、金なんか貰えない。私が妊娠したら、あんたは殺されるから」
絶対にそうなるだろうとアスラは確信している。
正妻に他の男の子供を産ませて嫡子と偽るのは大罪だ。もし本気でそんなことをするなら、間違いなく、男は用が済んだら殺される。…アスラだって、出産時に死んだことにされかねない。
男は少し考えているようだった。血の巡りの悪いであろう頭で。
(交わったら、魔力、上がるだろうな)
覚悟を決めてしまおうか。
馬鹿みたいなその男を視界に捉えながら、アスラはふとそんなことを思った。
この男だろうと、他の誰かだろうと、人生のどこかの時点で、誰かと交わって魔力を上げなければいけなくなる――少なくともアスラはそう考えている。
だってアスラの魔力は黒なのだ。黒い魔力で白魔道士を続けるには、魔力をもっともっともっと強くしなければいけない。
(なんで私の魔力は黒いのだろうか)
生まれついての白魔道士であったなら、こんな悩みを持つこともなく、生涯誰とも交わらないことを受け入れて生きていけるだろうに。
本質的に黒魔道士なのだ。
他者との交わりで魔力が向上するとわかっているのに、アスラの好きな相手は決して手の届かない人だ。
「何言ってるのかわかんねぇが、とにかくやろうぜ?」
アスラが迷ったほんの一瞬に、隙を突くように男の指が、肩に触れた。その粗い感触に、胸の奥が激しく拒絶した。
(……無理だ)
漆黒の髪と、闇色の瞳が、胸に浮かんだ。
静かで、けれど決して揺るがないあの視線。
アスラは体を引いた。
好きでもない相手に触れられるだけで、吐き気がする。ましてや、この男に身体を委ねるなど、考えただけで心が凍りつく。
(アイト様……)
心の中で名前を呼んだだけで涙が出そうになった。
アスラは思いっきり男の手を振り払った。男は少し驚いた顔になり、でもまだ笑おうとしていた。
「なんだよ、急に。怖がらなくても、」
言いながら、男は急に距離を詰めてアスラの首筋に手を入れて、触れた。息がかかる。むせるように生々しい息が。
ざわざわと。
訳のわからない嫌悪感が肌を焦がした。
「嫌!」
アスラの指先から黒い霧が噴き出した。
封印石の紫色の光が、激しく明滅する。
自分でも制御できないほどの力が、体内から溢れ出すのを感じ、抑えるまもなく黒い霧が男の胸を直撃した。
男の体が、吹き飛ぶように後ろに飛び、長椅子に激突して音を立てて倒れる。
(しまった)
暴走だ。黒い霧は制御を失い、部屋全体が震え、封印石の光が、次々と砕け散っていく。
アスラは思わず自分の指先を見つめた。
黒い霧が、まだ指の間でうねっている。
(暴発させた)
お読みいただきありがとうございました。
PV=読んでいただいているとは限らないのですが、それでもすごく励みになります。




