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第4話 誠実な申し出「他の男の子供を産んでくれ」

本作品はカクヨムでも同時連載中です。

カクヨムで先行している分まで、明日あたりで追いつきそうです。

その後は平日1日1回の更新を目指しております。

「やっぱり君、変わっているね」

 薄明かりで見ると、その部屋には大きな長椅子だけが置かれていることがわかった。窓はあるが、外には暗闇が広がるばかり。

 がらんとした部屋は寒い。

 ウォレスは長椅子に腰掛けると、アスラにも座るように勧めた。その言葉には素直に従い、横並びになる。感情的になっても意味がないからだ。

「ちょっと急いでいたので、説明する前にここに連れて来たけど、君にとっても悪い話じゃないんだ」

 そう前置きして、ウォレスは話し始めた。この時の彼は普段の軽薄な様子もなく、一見とても真面目に見えた。

 彼の話は次のようなものだった。

 父親と兄たちが死亡したのは本当だ。ある者は落馬、ある者は遠征に向かう途中で病死、ある者は女に刺された。全てが同時だったことは驚きだが、事実として全員の死が然るべき筋で確認された。

 結果的に、エティコン家の家督はウォレスが継承することになった。末っ子であり、上に複数の兄がいたので想定はされていなかったが、他の候補がいないので最早他に選択肢はない。

 ウォレスが家訓に背く相手と結婚しようとも、家族は反対し難い状況になったと言える。

「…事情が変わったなら、こんなことをしなくても離婚に応じる」

 アスラはごく自然にそう言った。

 結婚そのものに未練は無い。できれば手切れ金をもらっておく方が好ましいが、強硬手段に出られるくらいなら何も取らずに別れてもいいのだ。養母は既にかなり回復していて、白婚の目的は十分達成できたと言える。

「君なら離婚に応じることはわかっているつもりだよ。だけどその前に、君にはもうひとつお願いしたいことができたんだ」

 ウォレスはまるで良いことを思いついたかのように目を輝かせた。

「離婚する前にね、君には子供を産んで欲しいんだよ」

 沈黙があった。

 何を言われたのか、アスラは少し考えた。

「…あの、子供?」

「うん、そうだよ。子供。人間の赤ちゃん。わかるよね?」

 わからない。

 赤ちゃんを産んで欲しい、という言葉の意味はわかるが、なぜそうなるのか少しもわからない。

(待て待て待て)

 ウォレスがかなり変わった思考をする人間だということはわかっている。だけどそれにしても、だ。

「…白い結婚という約束だよね?どうしたの?エドワルダと別れたの?」

 別れたとしても、ウォレスが急にアスラをそういう対象にする理由にはならないのだが。

「そんなわけないよ!天地がひっくり返ったとしても、僕はエドワルダと別れたりしない。僕らは魂の片割れなんだから!」

 ウォレスの目は爛々と輝いていた。

「白い結婚なのも忘れてないよ!僕が君みたいな赤毛のチビ女を相手にするわけない!」

「じゃあどういうこと?」

「だから!白い結婚は守られるんだよ!僕は君との結婚を完結はさせない!君が産む子供の父親は僕じゃないよ!」

「何を訳わかんないこと言ってるんだよ…」

 流石に理解を超えた。

「いいや、実に明快な話だよ!」

 ウォレスはグッと体を傾けてアスラの方を向いた。

(ああ…)

 蝋燭の炎がウォレスの瞳に映っている。

(狂気だ。狂気の炎)

 そのとき、部屋の奥の扉が静かに開いた。

 入ってきた男は、金髪で青い瞳だった。背格好はウォレスに驚くほど似ている。けれど、服は粗く、表情は鈍く、教養のなさが一目でわかる身分の低い男だった。

 ウォレスはにこやかにその男を紹介した。

「ほら、この子だよ。君が子供を作る相手」

 アスラは一瞬、息を止めた。

(それって、)

「た、種馬ってこと?」

「下品だ!実に下品だな、君は!」

 アーッハッハ、とウォレスは神経に障るけたたましい笑い方をした。

「僕には跡取りが必要なんだよ。後継者がいないと、ずっと子供を作れと言われ続けるじゃないか」

 彼は饒舌に、兄の子供も成人している男は亡くなり、生きているのは小さい子供で、それも娘ばかりだと語った。いずれその娘たちが結婚して、他家の男を夫とするとして、その頃にウォレスに子供がいなければ財産を持って行かれることになる。

「僕の生きている間自由にできれば、僕はそれで構わないんだけどね」

 エティコン夫人は不満を言うだろうとウォレスは言った。

「僕は色々うるさく言われるのは嫌なんだ」

 まるで叱られるのを怖がる子供のようだった。

 アスラは呆然と彼の顔を見る。

(これが大人の男か…?)

 彼はまるで永遠の少年のように、ただ仲間と騒ぎ、気に入った女の子と手を取り合い、母親に叱られることを恐れる。端正な白い顔も、その表情に何らの成熟も見られない。いっそのこと美しさが不気味だった。

「だから君には、僕と結婚している間に子供を産んでもらうことにしたんだ」

 当然のように彼は言い放った。

 アスラにしてみれば、何からツッコミを入れていいのかもわからない。

 やっと口から出たのは

「そういうことって合意が必要でしょ」

ということだった。

(身勝手な奴だと思ってはいたけど、ここまでとは)

「うん、そうだね。だから今、合意する。フィロニコスは依然として連絡が取れないんだろう?君のお母さんに十分な生活をさせるだけのものを用意したよ。もちろん、君が再婚する際の支度も整えられるくらいのものはあげよう」

 アスラは頭が痛くなった。

(こいつ、身勝手なだけじゃなくて、特権意識が強過ぎるのか)

 王侯貴族にはよくあることらしい。他人が自分の要求を通すことは当たり前だと思っている。対価を支払うと言いさえすればさも自分が善人であるかのような思い込みをしている。

 アスラが身近に接してきた貴族階級は、アイトの宮廷に呼ばれる賢者ばかりだ。アイトが好むのは現実的な思考をする者だから、こういった特権意識の強さを目の当たりにすることは滅多になかった。

「その話を受けるつもりはないけれど、でも、子供の父親は僕じゃない、って言ってなかった?それってどういう意味?」

「僕が君と子供を作るわけないだろ。僕はこう見えて誠実な男だ。これは、僕とエドワルダの将来のために、他の男と君で子供を作って欲しいという誠実な申し込みなんだよ」

「誠実ねぇ…それならエドワルダと作ったら?」

 ウォレスはカッと目を見開いた。

「なんてことを言うんだ。エドワルダはそんな汚れた女ではない!」

 そこからは怒涛。

 怒涛のように彼はエドワルダとの清い関係について語った。

 曰く魂の片割れだから、そんな汚い交わりはしないとかどうとか。

 その目はますます爛々と輝き、口角泡を飛ばしながら叫ぶ彼の計画によると、

(…要するに、他の男との子供を私が孕って、それをウォレスの子供と偽ると)

ということなのだった。少なくともアスラが理解した限りではそうだ。

(なんでそんなことを…)

 いくらなんでも馬鹿げている。

 エドワルダは2回も離婚歴があり、何なら今でも既婚者だ。彼女がこれから現在の夫と離婚して、ウォレスと結婚するなら再再再婚ということになる。その上黒魔道士だから、エティコンの家風から言えば良い顔はされないだろう。でもこの2点は強行突破できなくはない。

 最も問題が大きいのは身分だろうと思う。

(一応罰則があるんだっけ)

 貴賤結婚は財産権に制限が付くと聞いたことがある。

(でも、他人の子供とわかっていて自分の子供だと偽るのはもっと罪が重いはず)

 帝国貴族において、家を継承する権利があるのは正式の夫婦の子供だけ。愛人の産んだ子には相続権は認められない。争いを避けて家産の散逸を防ぐための決まりであり、偽ることは重罪とされる。帝国人なら常識だ。

(正妻にわざと他人の子供を産ませて当主の子供と偽るなんて、ある?)

 ウォレスは至って本気に見える。

(エドワルダとの清い関係、ねぇ…)

 つまりウォレスとエドワルダの間には行為がないと言っている。 

 アスラは彼が初夜にひとりで行為を演出していた、奇妙なまでに真剣だった表情を思い起こした。

(正気じゃないけど本気の男)


 とりあえず逃げるべきだろうか。

 チラリと、暗い窓を見る。

 高さは無い。

(鍵かかっているだろうなぁ)

 隙を見て開いて逃げれば…逃げてからどうするか。こうなると結婚は完全に破綻だから、実家に帰って結婚解消する。解消の理由をどうするか、悪者にされると厄介だ。なんと言っても、こちらが悪いことにされても詫びの金を払う余裕はない。

 扉の向こうからコツコツと叩く音がした。 


お読みいただきありがとうございました。

長い話を書くのは初めてなんですけども、楽しい、反面、すごく緊張しますね…。

多くの人が書いていることを思うと尊敬しかないです。

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