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第20話 再会

本作品はカクヨムでも同時連載中です。

月曜から金曜まで毎日更新予定です。今のところ土日休み。

 ガシャンという大きな音と共に誰かの気配がして、アスラの意識は強引に呼び覚まされた。それでもなおアスラは起きたくなかった。全身が重く、酷い目眩がする。その上魔力が乱れて気持ちが悪い。

「奴隷、そこを退くのだ」

「魔法陣を描き直しましょう。しばしお待ちを」

 大人の男の声が聞こえ、体の上から誰かの気配が消えた。でもその時に、微かな声で囁いたのだ。「すぐに助けが来るから、契約されねぇように時間稼ぎしてろ」と。

 それでアスラはスッと我に返った。

(寝惚けている場合じゃない)

 意識のないふりをしたまま考える。囁いた声には聞き覚えがあった。

(アイト様の近衛、ウルだ…奴隷って?)

 救助を差し向けてくれたのだろう。でもどういうわけか、今この場にいるのはウルだけらしい。増援は向かって来ている。助けが来るまで、「契約されねぇように」と言われた。

(――奴隷契約?)

 ゾッとして、尻尾の毛が逆立ちそうになる。それはもっと前の時代に使われた魔術で、今では帝国領内では厳格に禁止されているものだ。アスラにとっては歴史の授業で聞いたことがあるという程度のもの。

 近くで会話している声の一つはあの灰色狼、シルヴァヌス。もうひとりは知らない声だが、妙に張りのある、それでいてねっとりした嫌な声。顧客なのだろう。話し声を聞いていると状況が掴めた。アスラは先ほど、まさに奴隷契約を勝手に結ばされそうになり、そこに割って入ったのがウルだ。ウルはアスラの代わりに奴隷契約を結ばされてしまったと――少なくとも彼らは信じている。

 様子を窺ううちにも、アスラの寝ているあたりが熱を帯びてきて、描き直されている魔法陣の完成が近いことが感じられた。

 寝返りを打つふりをして、そっと足を伸ばし魔法陣を消す。

「こら、動くな」

 その声はおそらく使用人のもので、かなり複雑な魔法陣を描いている様子だった。寝たふりをしたままアスラは魔法陣を壊し続ける。

「起きたのかね?」

 粘着質な声が響き、アスラは視線が向けられているのを感じた――ゆっくりと起き上がる。

 目の前にいたのは作り笑いの男。肌の色や体型からすると南方系。人の良さそうな笑顔に見えなくもないが、目の奥は誤魔化せないもの。

「体は辛くないかね?私は君を保護しに来たんだ」

「…保護?」

「そうだとも。君は誘拐されたのだよ。私は帝国政府の者だ」

「…その、人は?」

 注意深く、アスラはシルヴァヌスに視線を移す。

「彼のことは摘発したのだよ。これから私が一切を裁く。だが、先に君をこの場から保護しなくてはいけない」

 そう言って男はアスラとの距離を詰めた。

「怪我はないかね?」

 男が手を伸ばし、アスラは瞬間的に体を後ろに引いたが、腕を掴まれた。

「怖がることは無いのだよ」

「…あなたは、誰?」

 男はニチャアッと笑顔を見せた。顔立ちそのものは整っていて、知性すら感じさせるというのに、何かが歪だ。

「私は、ヴァーラットと言うのだよ、お嬢さん。ごく親しい者しか呼ばない名前だがね。ヴァーラット・オヴァム・マウリウス卿だ。これでも帝国議会の一員だよ。警戒することはない」

「帝国…議会?」

 おうむ返しにアスラは質問する。少しでも会話を長引かせて、時間を稼ぎたい。果たしてオヴァムは、嬉しそうに自らの地位についてペラペラと喋り出し、その間にもアスラの腕、肩、髪に触れた。それが病んでいるからなのか、逃げられることは無いという自信ゆえに隠さないだけなのか、判然としない。保護するという言葉とは全く合わない身体接触を繰り返すのだ。

「きみを保護するために、安全のために私ときみを繋ぐちょっとしたおまじないをしておこう」

 彼がそう言って魔法陣を示した時のことだ。

 ドオーンという爆発音が聞こえた。

「今度はなんだ!」

 シルヴァヌスが叫び飛び出して行く。オヴァムが視線を上げたその瞬間、アスラの指は宙に簡単な魔法陣を描いて閃光を放つ。白魔法に属する聖なる光で、これならば素早く繰り出すことができるだけの訓練をしてあった。

 アスラは飛び退ろうとする。が、それよりも素早くオヴァムに尻尾を掴まれた。

「ギニャッ!」

「元気な狐だねえ。だがきみは軍用の防具を知らな過ぎる。こんなものは効かない」

 笑い混じりに魔道士は言った。

「悪くない…優しくしてやろうと思っていたのだがなぁ」

「ギッ」

 叫びそうになる程尻尾が痛い。ちぎれそうだった。

「先に尻尾で遊んでやろうかなあ。契約前だが、こうなったら構わんだろう。シルヴァヌスが戻って来るまで遊んでやろう。契約してくださいって泣いて頼むまでな」

 アスラはオヴァムの言葉を無視して、至近距離で今度は黒魔術を起動する。暴走しないように、感情は殺して小さく熱い爆発を起こす。

 それもすぐにかき消された。

「…思ったよりも強いな、狐女。だが私は帝国魔道院上級魔道士だよ、こんなものはすぐに無効化できる」

 切り裂く魔術をオヴァムの腕に当てる。思考を最小限にして、ただ連続した術の起動を継続する。

「ふはははは!子猫に引っ掻かれる程度にも感じないよ!だが器用だな狐!」

 唐突に、ゴッと鈍い音がして尻尾を掴む手が離れた。

(えっ)

 急いで振り返ると、倒れ込む魔道士、そして見上げる先には―― 

「ア、」

 名前を口にしようとしたアスラに、その人はシーッと指先を口元に持って行く。

 一目で。一目だけで。信じられないほどの安心感で満たされる。

 夢かと思いながら、アスラは何かが込み上げて来るのを感じていた。

「貴様ァ!何をした!」

 頭を抑えながらオヴァムは起き上がる。

「何って、殴っただけですよォ?自分が何をされたかもわからないなんて、実戦経験が無いというのは恐ろしいことですねェ…」

 低音の美声はいつもと変わらない。だが、圧倒的な威圧感を持って響いたことに、アスラは困惑さえ覚えた。

「貴様、この俺が誰だかわかっているのか?」

 忌々しげにオヴァムは言った。

「えぇ、存じていますよ。帝国魔道院東方支部長兼軍事魔道担当オヴァム・マウリウス卿。獣裔にも実力次第で平等な機会をと繰り返し訴え、慈善事業にも熱心で知られるあなたが、シルヴァヌスの裏の商売の大口顧客だったとは大変な不祥事ですねェ」 

「…お前、誰だ?」

 突然乱入した大男の黒髪黒目、筋骨隆々たる体躯は、噂されるドミヌスの特徴に合致しているはずだ。だがオヴァムは無意識のうちに都合の悪い現実から目を背け、自分の中の常識を優先することにした。

 男は落ち着いた口調のままに答える。

「私ですか?ただの行政官ですよォ。この地域に責任を持っているんです」

 オヴァムの薄い唇が狡猾な笑みを浮かべた。

「行政官だと?ただの行政官風情が、この俺をどうにかできるとでも思ってんのか?」

「もちろんですとも。あなたのしたことは完全に帝国法違反、狐族(ヴルペス・ゲンス)に対する虐待の現行犯ですからね。然るべきところに訴え出れば実刑を免れない。特に現在空位の東方総督府を違法取引の現場としていたことは大きな問題です。まさかと思いましたよォ…おかげで気付くのが遅れました」

 オヴァムは闇色の目をしたその男の隣に並んだ。その姿は実際の身長の差以上に、力量の違いが視覚化されて、アスラには大人と子供のように見えた。

「あーあーあーあー、知らねえよ!」

 オヴァムはまるで癇癪を起こした子供のような奇妙に未成熟な表情を見せ、叫んだ。

「奴隷!この男に斬りかかれ!」

 同時にオヴァムは複数の黒魔術を同時に組んで起動する。それはそれで鮮やかなもので、高位の魔道士らしくはあった。

 大きな手がくるりと宙を舞うように動くのをアスラは見ていた。

 それだけの動きで、オヴァムの魔術は簡単に霧消する。

「なん、」

 間に飛び込んできた、奴隷と呼ばれた男、ウルが短刀の柄でオヴァムの後頭部を正確に叩きのめす。

「…おバカさんですねェ。奴隷契約なんて、軍人が最も避けなければならないものです。対策してあるに決まっているでしょォ」

 ウルは主君の言葉に応えて、胸元を少し捲って、肌に直接描かれた魔法陣を見せる。刺青だ。

「精神防御の魔法陣ですよォ。ちなみにあなたの魔術を消したのは、黒魔術でもなんでもない真空を作り出す術です。複数を同時に繰り出す器用さはそれなりに凄いものですが、バカの一つ覚えみたいに火の玉ばっかり出すからこういう単純なことに負けるんですよォ。結局あなた、原始的にぶん殴られただけですしィ…この世の複雑に見える物事は、全て単純なことの積み重ねに過ぎないんです。…もう聞こえていませんね」

 それからその人は、アスラの前に近付いて、膝を折り、屈んだ。


「遅くなりましたが、迎えに参りましたよ。…よく頑張りましたね、アスラ」

 

 

お読みいただきありがとうございました。

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