第17話 罪と罰
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転生者は前世の罪を背負う。
記憶が連続していることによる数々の利点をもってしても贖えないような罪があり、それ故に転生者となるのだとアイトは理解している。己以外の前世記憶持ちに会ったことは数えるほどだが、いずれも酷く重たいものを背負った罪人だった。
罰は後悔だ。
途切れることのない後悔が、前世記憶を思い出したその時から始まる。
前世、アクイラはアスラを殺したのだ――殺したも同然だと、アクイラは認識していたし、罪の意識を抱えてアスラ亡き後を生き、死んだ。アイトとして生まれ変わってからも同じ認識をしている。
手を下したわけではなくとも、年若い彼女から向けられる、未成熟であるがゆえの恋心を受け取ったことがアクイラの罪だった。
前世でも、アクイラが知り合った時、彼女は子供だったのだ。
子供を相手にしようと思ったわけではない。ただ、人から恐れられる黒魔道士だった己に、なんの恐れもなく屈託なく笑いかけてくれることが嬉しかった。
まだ子供だった彼女の純粋な好意は、戦場で冷えた心に熱を分け与えてくれるようで…はっきりと断ることができないでいるうちに、彼女はどんどん美しくなり、魅力的な女になった。大きな美しい目で見つめられると、他の何もかもが目に入らなくなり、ただただ彼女との未来だけを夢に見てしまった。
人よりも大きな体と魔力を持ち、殺伐とした現実だけを見ていたはずの男が、温かく美しい夢を見たのだ。
それこそが罪だったと、アイトになった今は思う。
だからこそ、アイトはアスラからの幼い恋心を受け取らない。
真っ直ぐな心が美しければ美しいだけ、アイトは己の全てを焼き尽くすような愛情を無理矢理に隠して、アスラの幸福だけ願ってきた。
「ドミヌスに申し上げます」
いつも同じ表情の男・ヴィテークはほんの少しだけ鼻の穴に力が入っていた。彼の目は常にやや見開いたような印象を見る者に与える。
彼はアイトの前に立ち、軍の情報伝達の様式に則って話し始めた。
「ご報告は3点です。1点目、エティコンの当主と嫡男以下男子が複数死亡し、末子ウォレスが急遽当主の座に就きました。エティコンの男性たちそれぞれがどこで何をしていて亡くなったかについては現在手を尽くして調査中ですが、末子を除く後継候補全員が死んだことは事実と判明しています」
「ンン…戦の多い折に有り得ないことではありませんが、急ですね。あの家は当主、前当主になったわけですけど、結婚は1回だけだったんじゃなかったですか?」
「正確には2回目ですが、初婚は短期間で相手が病死し、ほぼ実態の無い結婚でしたので、子を産んだのは再婚の夫人ミリアム・ヴィクトリアのみです」
「新当主を含む全員が同じ母親の子供ということですね」
「書類上はそうなっていますな」
「そしてアスラは急に当主夫人になった、と。あまり良い流れではないですが、とりあえず報告を続けてください」
裕福な家の末子夫人から当主夫人になるのは一般的には幸運なことだが、アスラの場合には複雑な問題がある。
「報告2点目めを申し上げます。新当主ウォレスにはかなり入れ込んでいる愛人がおり、」
一瞬、ほんの一瞬の間があった。偶々アイトの執務室に居合わせたエデコが小さく息を呑んだ程度の間が。
「…現在愛人のケツを追いかけてどこかに出かけているそうです。出奔したとも言われていますが、周辺では単なる痴話喧嘩との見方が有力です」
「…愛人のことを、アスラは知っていますか?」
「はっ。ウォレスは愛人を常に社交の場に連れており、アスラ嬢も同席することもあったとのことです。当然ご存知かと思われます」
アイトは無言だった。
状況を理解しかねた。好きな男に嫁いだつもりが、酷い扱いを受けたということか。それでも助けを呼ばないのは、そんなにその男が好きなのか。あの真っ直ぐな娘ならば、もしも酷い扱いをされても、幾らかの間は堪えるのではないだろうか?もしもアクイラが同じことをしていたらどうだっただろうか?そう考えて、いや、自分がそんなことをするはずはないと思う。太陽が西から昇っても、アクイラがアスラ以外の女を見ることは無かっただろう。
「3点目です。アスラ嬢は行方不明です」
アイトははっきりと目元に力を入れて息を呑んだ。
もはや感情を隠しもしなかった。
「当主ウォレスが愛人を追いかけてどこかに出かけた同じ夜から、アスラ嬢の消息も掴めなくなっています。前当主夫人ミリアム・ヴィクトリアが息子夫婦の身柄を抑えようとした痕跡はありますが、ウォレスもアスラ嬢も今のところ消息不明となっており、引き続き調査中です」
「…愛人との痴話喧嘩や、出奔するのに本妻を連れて行く男もいないでしょうねェ」
いつものような口調だったが、アイトの目は少しも笑っていなかった。
「アスラを迎えに参りますよォ」
どこにいようとも、アイト自身が出向き、必ず探し出すつもりだ。
「はっ。ではすぐに出立のご用意を」
「近衛から誰か出して、編成を選ばせてください。探索に長けた者たちであれば、火力はそんなに要らないですよ」
近衛と言うのは黒鷲近衛隊、有事の指揮官候補でもある側近団のことだ。私兵団には他に東方機動遊撃隊、魔道支援隊が存在し、いずれも小規模ないし中規模の精鋭部隊。
「ドミヌス、お供させてください」
エデコが申し出たのと、部屋の大きな窓がキィーンと鳴り始めたのは同時だった。
「飛翔信ですな。それも随分気前がいいようです」
ヴィテークがそう呟くように言い、エデコは急いで窓を開けた。
翼を広げた大鷲が滑空してくる。
非常識なまでに大きな鷲で、まるで物語に出てくる実在しない怪鳥のようだ。
アイトは悠然と鷲が向かってくる方に向けて左腕を伸ばし、鷲はその腕にザッと音をさせて留まると、たちまち通常の大きさに戻った。飛翔信は軍で良く使われる通信手段で、訓練された鷲に魔力で速度を上げて飛ばすものだ。鷲が実態より大きくなっていたのは、使用されている魔力が採算度外視に大きいことを示す。
腕に鉤爪を受けるのは相当な衝撃だが、アイトは小鳥を扱うように簡単に受け止め、その脚つけられた筒に触れると、筒は消えて中から紙が出て来た。筒自体がペトロニウムで作られた軽量のものなのだ。
手紙はフィロニコス夫人の様子を見に行ったウルディンからのもので、彼が知り得た全てと、「アスラ嬢が闇商人シルヴァヌスに誘拐され、本官はこれよりアスラ嬢の居場所を探索、保護を目的とする作戦行動に入ります」と書かれていた。
アイトがそれを読んだ瞬間、ヴィテークもエデコもその背を見ていたが、無言のうちに背中に凄まじい怒りが宿ったのをはっきりと感じ取った。悲惨な戦場でさえも感情的にならないアイトが殺気立つのがわかり、空気がビリビリと震えるような錯覚を覚える。何事かと身構えるふたりに、アイトはウルディンからの手紙を渡し、こう言った。
「エデコに同行を命じます。魔道院に捕捉されたくないので馬で参りますから、先発隊の出発は半刻後。編成は任せますが、探索に長けた者を10名。アスラの保護を優先します。後発隊はヴィテークに一任します。後発隊の目標は闇商人シルヴァヌスと取引相手の壊滅です」
「はっ!」
「はっ!」
ふたりは声を揃えて主君アイトの命令を受諾した。
シルヴァヌスと言うのは要するに人買いだ。希少種や見目麗しい者、または子供を好事家に売り飛ばしている外道。シルヴァヌスだけならともかく、顧客まで潰すとなれば事は想像以上に大きい。しかしこの状態のアイトに異を唱えられるはずもない。
殿の第三の目が開いた、という言い方をアイトの軍団ではよくする。
時に、一見バラバラで互いに関わりのない情報を繋ぎ合わせて、ある真実に到達し、物事を大きく動かしてしまうというようなことがアイトにはあった。
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