第16話 猪突猛進な男
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ウルディンという男は実に人が良くて単純で、損得も何も考えず、人のために尽くしてしまうようなところがあった。それは彼が東域の軍閥出身であることを考えると、殊更に褒められるべき美点だと言える。東域の人間たちは何事も段取り良くこなしてしまう反面、彼ほど縦横無尽に己の心に従うことのできる者は滅多にいない。
彼は軍団の中では比較的小柄な方だが、体力持久力は恐ろしく高く、その点も美点と言えば言えた。猛者というか殆ど超人みたいな者ばかり揃えたアイトの軍団さえ離脱者が出るような極限の状況にあっても、彼は強い意志を保ち仲間を励まし、時には傷病者を背負ったことさえもある。
それだけに暴走を始めると彼を止めることは困難と言えた。
「ウルディン様、流石に休みましょうよ」
同行した白魔道士は愚痴を言ったが、彼の耳には入らなかった。
特級品の良い馬を駆って、ウルディン一行は想像できる限り最速で、先ずはフィロニコス屋敷に向かった。アクイラ要塞からは一昼夜かかるはずが、途中で馬を乗り換えて一晩もかからずに辿り着いた。そこまで大急ぎで調べることを命じられたわけでもなかったが、絶対に何かあるのだ、と確信していた。
アスラ嬢が結婚したこと自体はおかしくもないが、フィロニコスが行方不明中とあっては、結婚は不自然過ぎる。一家はアイトの城にもよく滞在していた上に、彼らが自宅に帰って暮らしている時にはウルディンが使いに出ることもあった。アスラ嬢が幼かった当時はまだ入ったばかりの若い兵士だったウルディンに、セネカの奥方は親切だった。気の良いおばちゃんだ。届け物をした折には、たっぷりの美味い飯を食わせてくれた。アスラ嬢のことだってそれはそれは可愛がっていて、血のつながらない関係には見えなかったのだ。
(あのおばちゃんが旦那の不在中に娘を嫁がせて援助なんかもらうかよ)
果たして主が不在のフィロニコス屋敷は、様子のおかしいことだらけだった。先ず、以前に訪問した時には居たはずの古株の使用人が見当たらない。玄関先に出て来たのは妙に真剣な目をした女中だった。歳の頃はそこそこの年配、足腰にガタが来るほどではないが若さの名残も感じられない。彼女は「奥様はお休みです」と言うばかりで面会を拒んだが、ウルディンは押し込み強盗ばりの強引さで邸内に侵入し、勝手に奥方の寝室に入り込んだ。女中は叫び声を上げ、他の使用人たちも慌てて出て来るに至ったが、大声でがなり立てる軍人を止められるはずもない。
セネカの奥方は寝台に横たわっていたが、無礼な乱入者であるウルディンを見ても驚く様子もなく笑顔を見せた。
「ドミヌス様のところの方がわざわざ来てくださったの?ウルディンさんだったかしら。まあ、立派になられて」
母親ほどの年齢の女性にニコニコと屈託のない笑顔を向けられると妙に気勢を削がれる思いがした。どうしたのだ何があったのだと聞くつもりであったのに、しばし様子を窺おうという気持ちになった。
「おかげさまで私の体は良くなって来ましたのよ。ドミヌス様に助けていただいたおかげです。アスラもお勤めも忙しいのによく世話をしてくれて」
そこでセネカの奥方の認識していることは事実とかなり異なっていると気付いた。知らぬふりを決め込んで微に入り細に入り聞き出すと、つまり奥方は娘であるアスラの結婚も知らず、家に届けられる物資や必要な資金は全てドミヌスから贈られていると思い込んでいる。
これはいよいよおかしい。
ウルディンは気性一本気にて馬鹿に見えることも多々あるが、時には鋭い嗅覚を発揮する。思考よりも感覚で物事を捉える傾向はあるが、勘の良さは戦場では誰でも認めるところだ。セネカの奥方の話を詳しく聞き取る方がいい ――その判断は極めて正しかった。愛想良く「何か困り事はないですかい?」と尋ねるウルディンに、彼女は俄かに曇った表情で「指輪が無いの」と言った。結婚の際にフィロニコスから贈られた指輪を見失ったと。家の中にあるはずだから心配していないと付け加えたが、ウルディンは違和感を嗅ぎ取った。
「探すのを手伝いましょう、心配しなくてもいいってことですぜ」
彼は請け合い、その通りに、指輪の行方をちゃんと探し出した。どうと言うことも無い、家中の使用人たちをひとりひとり詰めて吐かせただけだ。指輪そのものが出て来ることは無かったが、件の奇妙な警戒を見せる女中を締め上げた――文字通りの意味だ――ところ、その女が主人の指輪を盗んで売り飛ばしたことが判明した。
ウルディンはこういった荒事には異常なまでに判断が速い。指輪の金銭的な価値は、この屋敷にある他の物品よりも高いわけではなかった。変わり者のフィロニコスがまだ若かった頃に妻に贈った品であり、その価値は主に精神的なものだった。にも関わらず、他のもっと換金しやすい物、例えばこの家には岩の油だとか、療養のために使う魔石だとかが潤沢に蓄えられていたが、それには手がつけられていない。誰に売ったにしても、そこには金銭的な価値以上の何かがあるはずだ。
女中が指輪を引き渡したのは東域を縄張りにしている傭兵崩れのなんでも屋で、3人組のゴロツキだった。女中はそのうちのひとりの情婦であるらしい。3人組はドロニウス・トンザール・ボヤックと言って、裏の世界ではそこそこに名が知れている。特にドロニウスは元は帝国魔道院にいたくらい優秀な魔道士だったが、不祥事を起こして追放されたのだ。馬鹿にできないほどには強い。だがウルディンたち一行はアイト旗下の真っ当な軍人だ。切り込んで行って勝てない相手ではなかった。
彼らの居所を掴むと、ウルディンは勢いのままに急襲した。そのためには相応の魔法探査であるとか、費用のかかる手段を取ったが、この場合金に糸目をつけるべきではないとウルディンの本能が告げていた。ことは急を要する。
「魔法の起動より俺の方が速いんだよ」
ウルディンはドロニウスの喉元に剣を突きつけ、同行した部下がその間に魔力を封じた。
「なんで夫人の指輪を盗ませた?」
ドロはそうなると諦めたように語り出した。
「勘弁してくださいよ、旦那ァ…」
詰まるところ、彼らはアスラを誘拐する際に、暴れられないように夫人の指輪をもって脅すのに使った、と。
「あの娘に傷をつけずに連れて行くのが絶対条件の、良い金になる仕事だったんでさ。そこそこの魔道士って聞いたんで、念の為母親の身の回りのもんを用意しておいたのが裏目に出た」
「依頼人は誰だ」
答えを聞いてウルディンは目を剥いた。
「アスラ嬢を攫えと言ったのはエティコンの大奥方だと?そりゃどういうことだ?」
「知らねえ、」
ドゴっと音をさせて腹に膝が入った。
「ガハッ、」
「聞かれたことに答えろよ、次ふざけた真似したら耳落とすぞ、耳ふたつとも行ったら次は鼻だな、そんで指」
「順番がおかしいだろ…ギャッ」
耳が半分くらい千切れた。
「やめろ、話すから治癒魔法使わせてくれよ」
「攫った娘をどこにやった」
そうやって聞き出したのは――そもそもはエティコン夫人から引き受けた雑用のつもりでアスラを攫った。場所はエティコンの隠れ屋敷。が、攫った娘がもっと高く売れることを知って、別の買い手に売り飛ばしてトンズラした。買ったのは悪名高い闇商人のシルヴァヌスだ。
「なんか様子の変わった娘だなあと思ってよ、闇道具通してみたら、まんまと銀狐で」
「あ?」
元から暑苦しいウルディンの顔は、これ以上無いほど濃さを増した。目が血走っている。ギラギラと。
「舌、引っこ抜いてやろうか?」
「…聞いたのはそっちじゃねぇかよぅ」
ウルディンは片手を上げ、すぐに連れの魔道士が口元と魔力を封印した。戦士たちが物理的にも縛り上げ、荷物のように担ぎ上げると3人組は手足をジタバタさせたが、逃れることはできない。
「仕方がないな。俺の仲間に紹介してやろう」
魔力による尋問が必要だと判断した。かなり特殊な魔術になるので、城から誰か連れて来る必要がある。
(あの娘は銀狐だったのか)
驚くよりも腑に落ちた感覚が強かった。ドミヌスはアスラという娘に特別に目をかけていたから。
(急がなければ)
銀狐となれば、シルヴァヌスが顧客を見つけるのは早い。顧客は必ず、相当の金と権力を持っている。故に、売り飛ばされたが最後、アスラ嬢を見つけ出すのは困難を極めるだろう。顧客の私的な空間に完全に隠されて死ぬまで飼われることになるからだ。
飛翔信で急を知らせ、白魔道士をフィロニコス邸に残すと、他の部下を3人組につけて見張らせる。飛翔信が届き次第、誰かを寄越すに違いない。
ウルディンは、ひとり走り出す。
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