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第12話 暴かれた狐耳

本作品はカクヨムでも同時連載中です。

月曜から金曜まで毎日更新予定です。今のところ土日休み。

「何だ!」

 家の中から来た誰かの声を背に、アスラは飛ぼうとした。飛空術は得意…と言うよりも、体格が小さい分、かなり楽に飛空術を使うことができる。月の無い夜はアスラに味方している。巻き上がった粉塵は夜風に舞い、空気の動きで、壁に空いた大穴がはっきりとわかった。

「おいおい、やり過ぎだろうがよ」

「いや、そんなつもりじゃあなかったんだがよ」

 粗野な、しかし落ち着いた声の会話が唐突に耳に入り、咄嗟にアスラは飛ぶのを止めて身を低くした。

(外から入って来た?)

 ウォレスの置いて行った見張りや、呻いている男とは違う。

「こんな大穴開くような狙い方はしてねえよ」

 声には明らかな暴力の気配があった。

「もう、その穴から入ろうぜ」

 空気の流れで、侵入者は数名だと分かった。

(安い香油…揚げ物…汗と汚れ、それに…血と、死体?)

 街にいるゴロツキよりも物騒な臭いが鼻を突く。アクイラ要塞に居た時、遠征から戻った兵士からしていたような臭いに近い。その上にもっと雑多な臭いもする。

 彼らは壁に空いた大穴からすうっと室内に入って来た。

「おいおい、なんだ貴様ら!」

 家の中の誰かが叫んでいる間に、アスラは素早く見回して、大穴とは別の位置の小さな窓を見つけた。侵入者はそこから当初そこから入って来ようとしていたのだろう、壊されかけている。

(正規兵ではないだろうけど、多分何かの軍人崩れ)

 傭兵のようなものなのかどうか、アスラにはその辺の事情はよくわからないが、何らかの訓練を受けた者たちだろうと考えた。

 息を殺して、音を立てず、素早く小窓に近付く。この暗闇で、ウォレスの見張りたちが侵入者の注意を引き付けていれば逃げられるかもしれない。外に出てしまえば、飛空術で全力で出来るだけ遠くに飛ぼう。

 アスラは息を殺し、小さな穴に体を滑り込ませようとした。

 肩が通る。腰が通る。あと少し——

「おい、そっちだ!」

 魔道士の一人が素早く指を鳴らした。

 足首に何かが絡み付く。網状魔術だ。淡い紫色をしているが、アスラがそれを目にすることは無かった。

「っ……!」

 浮き上がりかけた体が引き戻され、アスラは床に叩きつけられた。痛みよりも、失敗したのだという衝撃が胸を刺す。同時に音と、ギャッという叫びが聞こえ、ウォレスの見張りと、あの男が何かされたらしいことが分かった。続けて、数名が屋敷の中に侵入している足音が聞こえた。

(ちゃんと連携している。やっぱり戦闘訓練を受けた奴らだ…)

 正面からやり合うのは厳しい。きっと力を暴走させてしまう。

(どうしよう…)

 奥の手はまだひとつ、隠し持っている。いつでも必ず、肌身離さず持っている魔法石があるのだ。…けれどそれはアスラにとって、使ってしまったら、使う前には戻れなくなるような、本当に最後の手段なのだ。

「考えごとかね?お嬢ちゃん…いや、一応貴族の奥方様か」

 男がひとり、アスラの細い手を捻り上げ、もうひとりの男が話しかけてきた。

「魔法が使えるんだな?抵抗はするな。あんたじゃ逃げられないし、セネカの奥方の命が惜しいよな?」

 言いながら、アスラを捕まえている男が目の前に突きつけたものは、養母が常に身に付けている指輪だった。セネカは養父の家名だ。

 アスラはそれを聞いた瞬間、完全に抵抗をやめて力を抜く。

「母の指輪をなんであんたたちが持っているの?母は無事なんでしょうね?」

「無事だよ。無駄な抵抗をしないというのは良い心がけだ」

 その男は魔法で辺りを少し明るくすると近付いて来た。中肉中背、どこにでも居そうな男ではあるけれど、表情が殆ど動かない。白魔道士だろうとアスラは思った。男の白魔道士は何故か表情が乏しく見える者が多い。チラリと視線を走らせると、他の男たちは黒革の防具を身につけている。

「赤毛に目は深めの藍色、小柄、と。聞いた通りだな。エティコンの若奥さんで間違いないな」

 答える気にもならないので黙っていると、押さえつけられたままだった腕は後ろ手に縛られた。

「変に逃げられても困るから一応縛らせてもらうが、まあそんなに心配は要らねえよ。あんたを連れて来いって言われているだけだ。…フィロニコス・セネカの娘なんだろ?知る人ぞ知る厄介なおっさんだからな、念の為に抑えといただけだ。仕事が終わったら母親も解放するから、暴れるなよ?」


               *


「もうひとりはどうした?」

「家中探したが見当たらねえ」

 彼らはしきりにそんな会話をし、そのうちに「先にこっちの娘を運んどく。どうせこっちの方が高い」と聞こえてきて、アスラは外に停められていた馬車に移動させられた。

 誰に頼まれたのかと聞いても答えは無い。無いが、彼らにとってはそれほど緊張感を伴わない仕事に見えること、アスラに怪我をさせないように気をつけていることは見て取れる。それに馬車の仕立てからするとそれほど遠くに行こうとはしていない。2頭立ての軽い車体に、防御系の魔法陣もつけてはいないのだから、目的地はすぐ近くのはずだ。

 エドワルダか。

 エティコン夫人か。

 何らかの理由で関係者の誰かがアスラを攫わせたのだろうかと考える。もっとも、彼女たちがそんなことをする明確な理由はアスラにも思い浮かばない。

 男たちはアスラを挟む形で馬車の席に座らせ、向かいには魔道士が座った。ただそれだけだが、至近距離に屈強な男たちがいるというのはアスラの神経に障る。

 魔道士風の男は仲間からドロと呼ばれていたが、おそらく本名ではなく、犯罪のための呼び名のようなものだろう。御者を別にすれば他にふたりいて、トンザールとボヤック。

 ドロはあまり喋らないようだったが、他のふたりは勝手なことを喋っていた。大体がウォレスの噂話だ。金持ちのエティコン家が、あのバカ坊ちゃんのものになるのかというような。話はウォレスの性的なことにも及び、男たちは酷く下世話な物言いをしながらアスラを眺めた。

(気持ち悪い)

 だが、彼らがそういった表面的なところに興味を向けているうちは、まだ良かった。

 それまで黙っていたドロがこう言ったのだ。

「……妙だな。この娘、白魔道士の令嬢のくせに、何となく黒魔道士みたいなんだよ。まあこれはただの勘だがな。気配が黒いっつうか…しかも魔力量が異常だ。

 それにこの落ち着き方……普通の貴族の娘ならここで泣き叫ぶはずなのに、まるで戦場慣れした兵士みたいじゃないか?」

「そうだなぁ。奥方って言ってもまだ15かそこらなんだろ?見た目はもっとガキに見えるけどなあ」 

 ボヤックと呼ばれていたヒョロヒョロと痩せた男が同調し、トンザールというややがっしりした男の方が「何となくしっくり来ねえよな」と、懐から何かを取り出した。

 重い銀と黒鉄色の頭帯。

「またそれか」

 ドロの口ぶりには呆れた響きがあったが、止めなかった。

 何だろうか。見た瞬間、アスラは言い知れない嫌な予感がした。

「まさかとは思うがなぁ…奴らなら、成長期が遅いって言われているしなぁ」

「まぁ、やってみろよ。試してみてもこちらに害は無いし、このくらいで死んだりはしないだろ」

 アスラには身構える間もなく、頭帯が被せられた。

「う……あぁぁっ!」

 全身の魔力が引きずり出されるような、魂を掴まれる感覚。

(外し、)

 頭につけられた何かを取りたいが言葉にならない、手を伸ばしても押さえつけられた。

 変化の術が強制的に剥がされていく。

 銀の髪がゆっくりと広がり、柔らかな狐耳が頭頂から現れ、尻尾が背中からするりと伸びた。

「おお……!」

男たちが息を飲んだ。

「銀狐だ……本物かよ!」  

「すげえ!大当たりだ!」

(何?)

 気味の悪い感覚は少しましになったようだが、アスラには何が起きているのかわからない。 

「上物だぁな」

 手が伸ばされる気配を耳に感じ、頭につけられた何かが落ちてがらんとした音を立てた。

(みみ…耳?)

 あっと思った時にはもう、遅い。

 無遠慮な汚い手がアスラの《《狐耳》》をまとめて掴むとそのまま持ち上げた。

「ギニャアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 自分でも驚くような悲鳴をあげて、アスラは耳も尻尾も逆立つのを感じた。

 姿が戻っている。

 変化の魔法が解けているのだ。

 狐族(ヴルペス・ゲンス)にとって、耳と尻尾は非常に繊細なもので、他者に触れられることには大きな苦痛を伴う。

「放せ!放せえっ!」

 気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。

 ギニャー、ギニャーと声を上げ、手足をバタつかせる、それしかできないのだ。

 そんな声はこれまでに上げたことが無かった。

「うるせえなあ」

 ドロはパッと手を放し、アスラは馬車の座席に落ちる。

 体を丸めて、嫌悪感に耐えるしか無かった。

「銀狐なんて、闇市場でどれだけ値が付くか……」

「計画変更だな」

 男たちの笑い声が、遠く聞こえる。

 アスラの指先には、黒い霧のようなものがうねうねと湧き出し始めていた。



 

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