第三章 祈る理由
珍しく、椿は苦い顔をしていた。
たまたまペアになった柊も、なんともいえない表情を浮かべている。
陽光が照りつけるグラウンドで行われた実技の授業中のことだ。
授業の内容は祈祷――霊力を溜めて放つ、という軍用祈祷の初歩の初歩。
にもかかわらず、
「んー、番匠谷くんはあいかわらずね」
「……すんません」
祈祷担当の財前教官は首を振った。
「私の言い方が悪かったわ、ごめんなさい。――神宮寺さん」
「はい」
「せっかくだから、少し見てあげてほしいの」
「わかりました」
言い終わる前に、財前教官はべつの候補生のところへ向かっていた。柊には、さじを投げているようにも見えた。
「……そりゃ指導しても伸びねぇやつにかまってる時間なんかねぇよな」
「番匠谷さん?」
柊は首を傾げた。
椿は態度こそふざけていることが多いが、基本的にどんな授業でも素直でまじめに取り組む印象だ。――座学は除く。
その彼が、こんな憎まれ口を叩くなんて。
らしくない、と思った。
「っ、悪い。オレのことは気にしなくていいから、神宮寺は普通に続けてくれ」
「……はい」
柊が手印を結ぶと、ぼわりと青白い炎が浮かび上がった。この炎こそ、霊力を現世に顕現させたものだ。
「ふっ」
柊が腕を振るう。
霊力の炎は、矢のようにするどく飛んだ。まるで吸い込まれるようにターゲットの頭に着弾すると、跡形もなく吹き飛ばす。
その様子を見ていたクラスメイトから喝采があがる。
「さすがー!」
「これが祈祷師の霊力……!」
「わざわざ祈祷兵目指さなくてもいいんじゃない?」
やっかみの声や遠慮のない称賛にも、柊は顔色のひとつも変えない。
「さすがだな」と椿。
「いえ。このくらいは――っ!」
ひどい皮肉になってしまった。
慌てて取り繕おうとしたが、
「祈銃の射撃のときも、それくらい堂々としてればいいのに」
「番匠谷さん!?」
するどいツッコミに、クラスメイトたちがまた沸いた。
大和撫子然とした佇まいはどこへやら。柊は顔をタコのように真っ赤にするだけでなにも言い返せない。
「――はいはい、その辺にしときなさい!」
手を叩いて財前教官が言った。
自分たちとそう歳の違わない彼女の言葉に、蜘蛛の子を散らすように候補生たちが散っていく。
「まったく……番匠谷くん」
「すんませんした」
と吐き捨てて、おもしろくなさそうにあさってのほうを向いた。
まただ。
らしくない態度。
口先をすぼめるような仕草。
そういえば、弟も似たような態度を取ったことがあった。
そう、これは――
(拗ねてる……)
なるほど。
番匠谷椿が唯一苦手な実技の授業。それが純粋に霊力を高め、コントロールする軍用祈祷の基礎。
気持ちはわからなくもないが、それにしたって、
(自分が不得意な授業でだけ、こんな態度を取るなんて……)
子どもか、と安易に斬り捨てることは簡単だった。
だが、柊はそうしなかった。射撃がからきしダメな自分に、椿は文句のひとつも言わず根気強く付き合ってくれた。そして今後も付き合い、様々な助言をくれるだろう。
だったら、
「番匠谷さん、わたくしで良ければ祈祷の訓練にお付き合いいたしますよ」
自分にできることは、きっとこれだ。
言われた椿は――予想していたとおり、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
「なんだよ、いきなり」
「言葉のとおりです。番匠谷さんは、霊力がまるでありません」
「……ハッキリ言うな」
「事実ですので」
毅然と答えた。ここを濁しても椿のためにならない。
「恥ずかしながら、わたくしは射撃技能が皆無です。そこで番匠谷さんはわたくしに実戦の技術を、わたくしは番匠谷さんに霊力の修行を。お互い引け目なく欠点を教え合える……パートナー、といったところでしょうか」
「いや、そんなこと頼んでな――」
「ですが、いまのままではダメだと考えているのでしょう」
図星を突かれて、椿はグッと押し黙った。
「わたくしも、です。このままでは神宮寺家に顔向けできません」
それなりの啖呵を切ったことは、いま言う必要はないだろう。
柊は黒髪を耳にかけながら、「よろしくお願いいたします」と右手を差し出した。
なぜか照れくさくなった椿は、柊の右手を瞬時ににぎることができなかったが、
「……あぁ」
最後には力強く握手を返した。
ふたりの視線が交差する。椿が照れ隠しに笑うと、柊も少しだけ表情を緩めて。
そのことをクラスメイトたちにからかわれ、いよいよ財前教官がふたりをこっぴどく叱りつけた。
柊が教官に叱られたのは、これがはじめてだった。
●
「――っし、班はこれで決まり。じゃ、あとは好きにやれ」
ある日の授業中、榊はそう言って訓練場に設置されている休憩用の椅子にどかっと腰を下ろした。それから数秒もせず、肩がゆっくりと上下しだした。
まるで大変な授業を終えたあとのような疲労感を出してはいるが、
「いや、まだ始まって五分しか経ってないんだが」と椿。
「それも期末試験の班決めただけだしね」と梓。
「まぁ、いいんじゃない? 任せてくれてる、ってことで」と杏。
「それでは訓練を始めましょうか」と柊が言ったところで、四人は一斉に動き出す。
期末試験の班はこの四人で組むことになった。壱番隊所属の椿と梓が揃っているのは、一見すればパワーバランスが損なわれているようにも見える。
(だけど、実際には霊力ほぼ零のオレに、射撃スキル皆無の神宮寺だからな……)
周りを見ても、どの班にも得意不得意がバランスよく配置されている。班分けは榊がテキトーにくじを引いて決めたと言っていたが、腐っても祈祷学園の教官、といったところだろうか。
「神宮寺、もう慣れたか?」
「そう、ですね……」
柊が抱えているのは訓練用の祈銃――それも重狙撃型だった。
先日の自主訓練で椿が熱心に勧め、柊自身も触ってみた結果だ。
(いや、我ながら名案だと思うんだよな)
ただでさえ霊力お化けの柊が派手にぶちかます。当たればどんな怪異だろうが、たいていは一撃で祓えるだろう。
まさに魔弾の射手だ。
「ああ――っ! す、すみません!」
ただ、その一撃必殺の魔弾はだいたい見当違いの方向へ飛んでいくが。
いまも丁寧に撃ったはずのペイント弾は、隣で訓練していた男子候補生の後頭部にぶち当たっていた。必死に頭を下げる柊に、撃たれた候補生は乾いた笑いを返していた。
「まあ、神宮寺さんはやることがはっきりしてるから、ある意味楽だよね」
「そうね。あたしたちも続けましょ」
ふたりも訓練を開始した。
梓はもちろんだが、杏も相応の実力者だ。個々人の実力をどうこうするよりも、細かい連携の確認に時間をかけている。
そして、椿のやることももちろん決まっている。
「――ふっ!」
大多数の候補生が射撃や連携といった訓練をしている中、印を結んで丹田に力を込める。毎日欠かさず行っている霊力を底上げするための訓練だ。
ぼわり、と青白い炎が浮かんだ。炎と呼ぶにはあまりに弱々しい火の粉は、風に吹かれて呆気なく掻き消える。
「――ふっ!」
もう一度。
もう一度。
もう一度。
何度繰り返したところで、三分ともたずに炎は消える。
それでも椿は繰り返す。
と、
「番匠谷さん、力みすぎです。あと、霊力にばかり意識を向けているせいで、肝心の祈りが雑になっています」
柊の指摘は容赦がない。
それが椿には心地よかった。
「見ていてください」
と、椿に祈銃を預ける。
椿と同じく印を結んで、丹田に力を込める。汗を垂らして必死だった椿とは違い、柊は涼しげな顔のまま、
「ふっ」
ぼわり、と。
青白い炎が上がった。大きさも輝きも、椿の出した火の粉とは比べ物にならない。
「霊力の基本は祈祷。祈祷とは祈りです。老若男女、国籍人種を問わず、たったいまからできるおまじない。それが祈祷です」
今度は指を組んで、目を閉じた。
それだけで、ぼわり、と青白い炎が浮かぶ。
「力を込めずとも、祈るだけで霊力は顕現します。祈祷兵の方々は、霊力を魔力やMPのように思っているようですが、そんなものではありません」
「その説明すんごいわかりやすいんだけど、神宮寺からそういう単語が出るのって……なんか意外だな」
「わたくしはよくわからないのですが、こう言えば伝わると弟が……」
そう言って柊は、浮かんでいたふたつの炎を消し去った。
とにかく、
「いまの番匠谷さんは、まさにそれです。いま行なっている訓練も間違いではありませんが、取り組む姿勢はあらためないと、いつまで経っても霊力の向上は望めません」
「……厳しいな」
「事実ですから」
柊はなぜかうつむいて、
「……わたくしの射撃技能が、壊滅的なのも……事実です、から……」
「……そうだな……」
とはいえ、
椿は力んでいたり雑念が多かったりするが、真摯に祈っているのは間違いなさそうだった。それなのに霊力がほとんどないというのだから救えない。
(なにか取っかかりさえあれば、きっと……)
そう考えて、柊はまずは番匠谷椿というヒトとなりを知ろうと思った。家でも祈祷師を目指して門を叩く者に、かならず最初に問いかけることだった。
あとから思えば、これがきっかけだった。
「番匠谷さんは、なにを思って祈っていますか?」
「憎しみ」
「えっ?」
「ん?」
「……ごめんなさい。その、あまりにも直情的だったもので……」
「? オレおかしいこと言ったか?」
椿は頭を掻きながら、
「……いや、そうだな。理由はみんな違うもんな……んー、神宮寺は家のために祈祷兵を目指して、軍用祈祷に手を出したんだよな」
「そうですね」
「立派な理由だと思う。けど、オレは違うんだ」
「……それが憎しみ、だと……?」
「べつに珍しくもなんともないし、学園には何人もいるはずだけど――」
と、
そこで終業を告げるチャイムが鳴り響いた。「っしゃ!」と言って、榊は一目散に飛び出していった。
「あー、終わりか。神宮寺はこのあとどうするんだ」
「そう、ですね。残って自主訓練をします……番匠谷さんは?」
「きょうは壱番隊の訓練があるから――」
「椿」と梓が声をかけ、ふたりが合流する。
椿はうなずいて、
「姿勢をもっと気にしたほうがいい。銃身と身体を一直線に保つ意識をもて」
そういって、ふたりは去っていった。
「………………」
「ひいらぎー。どうしたの?」
「杏さん、その……」
訊くべきか悩んだ。椿はなんの気なしに言っていたが、だからこそ相応の理由があるように思える。
(けれど、本人のいないところで訊ねるような内容では……)
だから、別口から訊いてみた。
「杏さんは祈祷するとき、なにを思って祈っていますか?」
「えっ? ちょっと、いきなりどうしたの?」
「いえ……少し気になったものですから」
問われた杏は「んー、祈祷ねー……」と腕を組んでうなりだした。
「特別なことはなんにも考えてないかなー。強いて言うなら、霊力をひねり出せるよう力んではいるけど」
「……そうですか」
「えっ! ダメだった!?」
「あ、いえ。良いとか悪いの話ではないので」
自分で言ったことだ。祈りとは、いますぐだれでもできるおまじない。
それが悪魔崇拝や邪悪な意志のもとであったとしても、個人の自由だ。
(けれど……)
それでも椿の放った言葉、態度が柊は無性に気になった。
●
突然のことだった。
「梓! そっち行ったぞ!」
「任せて!」
梓の祈銃が火を噴いた。
放たれた破魔矢はまっすぐ飛び、蝋人形のような怪異に命中。耳に残る断末魔の叫びをあげながら、怪異はまたたく間に白い灰へと姿を変えた。
「これでぜんぶか……?」
「情報の通りならね」
椿と梓は京都最古の花街、上京区の上七軒に来ていた。もちろん観光目的ではない。
『椿! 梓! 首尾は!?』
「こっちは片付きました」
壱番隊隊長、葛城からの通信に梓が返し、次の指示を聞いている。
椿は油断なく周囲に目を向けながら、きょうの内容について振り返った。
●
通報が入ったのは、またしても昼休みだった。
場所は中京区で、低位の怪異が一度に一〇体現れた、という内容。めずらしくもなんともない、よくある通報のひとつだった。
低位ばかりで数も多くない。
さいきんは立て続けに出動要請が入っていた。
そういうこともあって、対応は参番隊から伍番隊までに任された。通報の内容的にも問題なく対処できるし、下位部隊にも経験を積ませるべき、という学園長の判断だった。
(問題はこっからなんだよな……)
そうして参番隊から伍番隊までが出動し、残った椿たちは食事に戻ろうとしていた。
ところが、それから数分のうちに、今度は右京区で怪異が発生したと通報が入った。
「かーっ! マジかよ! きょうは彼女とデートの約束があるってのに――」
そんな声が椿たちの耳にまで聞こえてきた。
彼はたしか弐番隊の先輩隊員だったはずだ。イケメンで常に彼女がいるようなタイプ。くそったれ。
ただし、喋ると残念なので交際しても長続きはしない、ともっぱら噂になるような候補生。ざまあみろ。
実力は――まぎれもない本物。
「んー、この花椒の薫りがたまらん!」
そんな残念な男を尻目に、汁なし担々麺をトレーに載せた椿が言った。
この夏の、そして一日限定一五食の特別メニュー。自称無類の麺好きとしては、もっとはやく食べておきたかったが、このところ任務やらなにやらで食べられていなかった。
きょうもダメかと思っていたが、学園長のナイスな計らいでようやくありつけたのだ。
ちなみに、梓のトレーには同じく期間限定のエビ天丼が載せられていた。
「………………」
ただし、椿のように喜んでいるようには見えない。なにやら思い詰めたような目で、丼を見ていた。
「どうしたんだよ。食っちまおうぜ」
「……そうだね」
「じゃ、いただきまーす!」
箸をつける。
汁なし担々麺は初体験だったが、それでも知っていることがある。食べる前に底からよく混ぜて自分で料理を完成させる、ということだ。
ごまダレとラー油、肉味噌やネギ、アクセントのナッツを太めの麺と一緒に豪快に混ぜ合わせる。唐辛子の薫りの中に、花椒独特の爽やかな薫りが混じる。
(これはぜったい、うまいやつだ……!)
期待に胸を膨らませ、椿は一心不乱に混ぜ合わせた。
さあ準備は整った。
喉がごくりと音を立て、腹がぐうと鳴った。
「ふふふ……それじゃ――!」
『緊急! 緊急! 上京区、上七軒にて怪異の発生を確認! 上京区、上七軒にて怪異の発生を確認! 壱番隊はただちに――』
食堂にけたたましいサイレンが鳴り響いたのは、番匠谷椿が完成した汁なし担々麺に箸を伸ばした瞬間だった。
「……うそだ……」
「うそじゃないよ。行くよ、椿」
たったいまエビ天丼を食べ終わった東堂梓が言った。
「なぁ、梓。オレがいったいなにしたって――」
「ふざけてないでさっさと行くよ」
「ふざけてんのはどっちだー! ちきしょー!」
椿の慟哭が食堂に響いた。
●
「ふぅ……っ、ふぅ……っ」
思い出しただけで腹が立ってきた。こいつらは出現をあと五分――いや、三分待てなかったのか。
目を血走らせながら、椿は怪異だった白い灰の山を蹴っ飛ばした。怪異といえども、死んだあとは灰になり、やがて土に還る。在りようこそ違うが、こいつらも生物に変わりはないのだ。それを理解したうえで蹴っ飛ばしていた。
「なにを犬みたいにうなってんの」
「うるせー!」
怒ると余計に腹が減る。
腹が減ると余計にイライラする。
梓はやれやれと手を振って、
「それにしてもやっぱり妙だね」
と、至極まじめな顔をして言った。
「これだけ同時多発的に怪異が現れるなんて話、聞いたことがないよ」
「怪異に理由求めても仕方ないだろ」
「身も蓋もないこと言わないでよ」
「だって事実だろ」
「それはそうだけど……ぼくが言いたいのは――!」
『――椿! 梓! 聞こえるか!?』葛城から通信が入った。
車両の中で聞いた指令では怪異の数は八体だった。そのため、隊を三つに分けてスピード感を持って処理することになっている。
「……東堂班聞こえてます。どうぞー」
話の途中だったが、葛城からの通信を無視するわけにはいかない。梓は通信を返した。
(梓が言いたいことはわかるけどさ)
近ごろの怪異の発生件数は異常だ。
なにせ帝国祈祷兵団が常に出ずっぱりになることなど、この十数年で一度もなかったことだ。いまも主力部隊を除いた全隊が京都中を駆け回っている。
そのしわ寄せとして祈祷学園の五指隊――非正規の部隊にも頻繁に出動要請があがってきているわけだ。
(それがどんな理由だろうが、関係あるかよ……! 怪異なんか……)
と、
「ん……?」
椿が忌々しげに灰を蹴りつけたときだった。
千本格子の町家が並ぶ上七軒通りをなにかが横切った。
(イタチ……? いや、キツネ……?)
どちらも京都ではめずらしくない。郊外の自然まで行かなくても、住宅地の床下や屋根裏に普通にいる。
(だけど、さっきのは妙にデカかったような……)
一瞬しか目に入らなかったが、小型犬を少し大きくしたくらいには体高があったような気もする。頭胴長は一メートルを超えていた。
なんだ、と椿がいぶかしんだ。そのときだった。
そいつは町家の陰から現れた。
狙いは――通信中の梓。
「ふっ!」
「はっ!」
椿は焦らず破魔矢を撃った。
狙われていた梓も同時に発砲した。
二発の破魔矢はどちらも飛び出したなにかに命中する。
途端、生き物とは思えないような声で叫び、そのなにかは絶命した。
「――なんだこいつ……?」
絶命したなにかは見たこともない容姿をしていた。
知っている名前で言い表すなら――つちのこ。
ずんぐりむっくりとした蛇のような未確認生物。全国各地で目撃例があるものの、いまだ生息は確認されておらず、いるともいないとも言われている。
ただ、目の前で祓ったつちのこもどきには、もっと特徴的なことがあった。
「こいつ……目も鼻もついてないのか……?」
顔と思しき場所には大きな口がついているだけだった。
つちのこというよりもゲームに出てくるモンスターのワームや、怪異の野槌にも似ている気がしてきた。ただし、大きさは桁違いだ。
こんな怪異は見たことがなかった。
「それが京都市内で同時多発的に現れてるらしいよ」
通信を終えたらしい梓が言った。口ぶりからして葛城から状況を聞いているようだった。
「なんなんだ、こいつは……?」
「まだわからないってさ。灰をサンプリングして持って帰ってくるよう指令があったから、なくなる前に回収しないとね」
そう言って梓は試験管を取り出すと、丁寧につちのこもどきの灰を回収していった。真っ白な灰を見るかぎりでは、その他大多数の怪異との違いは見られないが。
「新種の怪異なんて発生すんのかよ?」
「どうだろう。ぼくが見聞きするかぎりじゃ知らないけど、何百年に一回って頻度ならあるかもしれないね」
灰のサンプリングを終えた梓は丁寧にしまうと椿と目を合わせた。
「なにか嫌なことが起こるかもしれないね」
「なんだよ、嫌なことって」
「ぼくだってわからないよ」
ふたりは揃って顔を上げる。
ひと雨きそうなどんよりとした空模様だった。




