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軍用祈祷  作者: まるす


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第二章 当たらない弾丸

「――で、ぼくにも話が飛んできた、と」

「いいだろ、べつに」

「だれも悪いなんて言ってないでしょ」

「東堂さん、番匠谷さん。お忙しい中わざわざ――」

「ふたりはクラスメイトなんだから、そんなに気遣わなくたっていいって!」


 五指隊所属のふたりは、招集がかかれば出動することになる。そうでなくとも上位部隊ともなれば隊独自の訓練も多く、ただでさえ毎日が訓練で終わる候補生の中でも多忙をきわめる。


 とはいえ、


「そうそう、ぼくたちはまだ候補生だからね」と梓。

「毎日毎日駆り出されても困るわ」と椿。

「けど、ほんとに増えてるよね。緊急出動」と杏。


 四人が向かっているのは、学園が誇る大規模な訓練場だ。授業で使用するだけでなく、休日や放課後には祈祷兵も訓練に訪れるほど本格的な施設となっている。


「――神宮寺はどうして祈祷学園に来たんだ?」


 と、椿が訊ねた。


 一〇〇〇年以上も続く、名家中の名家のお嬢様らしい柊が、わざわざこんな泥臭い学園に来た理由が気になった。

 柊は嫌な顔ひとつせずにうなずくと理由を語った。


「神宮寺家は歴史ある祈祷師の家系なのですが、言ってしまえば時代の流れに取り残され、廃れつつあるのです」

「……わりぃ」

「ご、ごめんね、柊! 椿も悪気があったわけじゃなくて!」


 と、杏が椿の背中を小突いた。


 知らなかったこととはいえ、気安く訊くべき話ではなかったようだ。申し訳ない気持ちがこみ上げてくる。


 ところが、柊は落ち込むどころか、自嘲の笑みを浮かべていた。


「いえ、これは神宮寺家のほうに大きな問題があるのです」

「問題?」杏が問い返す。

「それはですね――」


 柊いわく、祈祷師とはうんたら祈祷とはかんたら。


「――簡単に言えば時代錯誤なのです。いつまでも自分たち祈祷師だけが特別だと思い込んでいる。時代にそぐわない固い考え。ひどい懐古主義。……それが神宮寺家なのです」

「自分の家のことなのに、ずいぶん辛辣だね」


 と、梓が言った。


 話を振った椿はもちろん、杏も気が気でない様子だった。


「事実ですので。……ただ、わたくしは家のことが嫌いなわけではないのです」

「そうなの?」

「父や母のことは尊敬しています。お祖父様やお祖母様にも良くしていただきました。ただ、家としての在り方が……」

「ま、まあいろいろと大変だろうけど、みんなで頑張っていこうぜ!」

「あんた、いくらなんでも雑にまとめすぎでしょ……」


 と、杏が締めた。


 そうこう話しているうちに、四人はドーム型の施設にたどり着いた。

 プロ野球の試合が二ゲーム同時に行われる。そう言われても信じられそうなほどに広大な建造物を前にし、


「すごいですね……!」


 と、柊が見上げながら言った。


 三人は深くうなずいた。

 はじめて訓練場を見たら、だれだって同じ反応をする。もちろん三人もした。これは祈祷学園に通う候補生の、いわば通過儀礼のようなものだった。


「事前に申請しておけば候補生も祈祷兵も分け隔てなく使えるんだから、ホントに祈祷学園様々って感じだね」

「マジでここ使うだけでも学園に通う価値あるよな」


 梓と椿がそれぞれスマホに登録されたIDをスキャンして入場する。杏もサッとスキャンを済ませ、ここでも柊だけがやっぱり微妙に遅れていた。


「すみません……」

「そんな気にすることないって!」


 椿が明るく気遣い、男女それぞれ分かれて更衣室へ。

 椿と梓の前には訓練着やタオル、備品の数々が用意されていた。これらもすべて無料で貸し出されている。手ぶらで来られるのも、この訓練場が人気な理由のひとつだった。


「こんなに至れり尽くせりにする必要もないと思うんだけどな」

「それだけ帝国が怪異に対して頭を悩ませてる証拠だよ。それに怪異に対する税金なら、だれだって喜んで払うしね」

「生々しいこと言うなよ」


 訓練着に着替えたふたりは、さっそくフィールドへ。


 まず目を引くのは、自然を模した大規模な訓練設備だ。

 砂丘や湿原、海辺、山間といった地形がいくつも再現されている。そこをVRゴーグルをかぶった候補生や祈祷兵たちが、専用の模擬銃を持って駆け回っている。


「何回見てもすげぇ光景だな」

「そうだね」


 他にも模擬ビルが乱立する市街地を模したフィールドや、基礎体力をつけるための四〇〇メートルトラック。ジムやプール、道場まで完備されている。


 まさに祈祷兵になるためのすべてが揃っている訓練施設だった。


 そこへ「おっまたせー!」と女子ふたりが合流し、「っし、行くか」と椿が返す。


 四人が向かったのは射撃訓練のレーン、人が多い施設の中では比較的空いている区画だ。

 係員に椿がひと声かけ、そのまま柊に目を向ける。


「まずは屋内で慣れろ。みんな最初は屋内から始めるからな」

「そうなのですか?」

「祈銃も破魔矢も、言ってしまえば銃と弾丸だからな。外だと風とか湿度、温度が――」

「神宮寺さん、一発撃ったほうが身になるよ」

「ホント、椿ってそういうとこオタクよね」

「う、うっせぇ!」と顔を赤らめる椿を尻目に、梓と杏が話しかける。

「授業を見た感じだと、霊力の装填には問題なかった……というよりも、破魔矢が増幅してくれるんだからあんなに込めなくても……」


 杏の顔を冷や汗がつたう。

 柊は恥ずかしそうにうつむいて「張り切り過ぎました……」


「とにかくまずは現状把握がしたいから、かまえてみてくれ」

「はい!」


 柊が祈銃をかまえる。


「きれいなスタンスだね」

「だな。これはオレたちも見習わないと」

「ありがとうございます!」


 とはいえ、逆に理由がわからなくなった。

 無駄に力んでいるようにも見えないし、変に緊張しているわけでもなさそうだ。呼吸も落ち着いている。


「となったら、あとは撃つ瞬間に問題ありか。引き金を一気に引きすぎてるのかもな」

「その可能性が高いね。ほとんど霊力は込めなくてもいいから一発撃ってみようか。意識してゆっくりと引き金を引いてみて」

「はい!」


 そうして椿と梓が見守る中、柊が霊力を込めはじめた。


「ん?」


 気がつけば杏がいなくなっていた。


(どこいった? トイレか?)


 そう思ったが、すぐに見つかった。なぜかひとりで離れた安全な位置に立ち、こっちを心配そうに見つめていた。

 いったいどうした、と椿が訊こうとしたとき、


「撃ちます――っ!」


 発砲。


 意識して霊力を抑えた破魔矢は、それでも力強く輝きながら飛び、きれいにターゲットに命中した。


 ――柊が立つレーンの隣、それも人質役の子どもの眉間を貫いて。


「「………………」」

「えっ……! ちょ、っと、どうして……?」


 撃った本人はひどく動揺した様子で銃口を覗いたり、銃身が曲がっていないか確かめたりしている。


 ――引き金に指をかけたまま。


「うおっ!」


 なにかの拍子に引き金が引かれ、破魔矢が椿に襲いかかった。間一髪、前髪をかすめるだけに留まったものの、当たれば痛いの話では済まない。


「馬鹿、神宮寺! 引き金から指外せ!」

「は、はい! ……あ」

「ちょっ!」


 今度は梓めがけて誤射。とっさに避けたが、軍服の裾を持っていかれていた。

 そうしたやり取りはしばらく続いた。

 当然のようにあちこちに流れ弾が飛び交い、各設備を利用していた者たちから苦情が殺到したのは言うまでもなかった。


 ●


「――というわけなのよ」

「「なるほど!」」


 紆余曲折を経て柊が祈銃を手放したころには、椿と梓はボロボロになっていた。


 どういうわけなのか、柊が祈銃を置こうとしたり、引き金から指を外そうとするだけで誤射が起きる。狙ってやっている、と言われたほうがまだ納得できた。

 同時に、狙ってやってもそうはならないんだよな、とも思った。


「うぅ……みなさん、すみません……!」


 柊は放っておけば、土下座するか、穴でも掘って入りだしそうな雰囲気だった。


「状況は理解した……」

「っていうか、理解しないとぼくたちの身が危ういね……」


 ふたりで顔を見合わせてうなずく。

 そのまま椿は係員のところに向かい、梓と杏は柊に向き合った。


「だけど、これってすごく単純な話だよ」

「そうね、要するに基本的な的当ての練習をすればいい、ってことよね」

「的当て、ですか……」


 椿が戻ってきた。

 その手には弾丸が入った箱を持っていた。その中からひとつ取り出して言った。


「これはペイント弾だ。名前くらいは聞いたことあるだろ?」

「はい」

「このペイント弾は弾道とか重さとか、いろいろ破魔矢と大差ないように作られてるんだ。まずはこいつで反復練習だな」


 椿が自前の祈銃にペイント弾を装填し、かまえる。


 射撃レーンにすら立っていない。

 目測で五〇メートルは離れているような位置。

 そこからターゲットめがけて、少しの溜めもなく発砲。


「うっそ!」と杏が驚きに声をあげる。

 その横で梓は、さも当然と言わんばかりに腕を組み、柊はあまりの衝撃に言葉も発せなかった。


 椿が雑に撃ったペイント弾は、ターゲットの眉間にぶち当たっていた。青い塗料が、怪異の顔に華を咲かせている。


「腐っても壱番隊ってわけね……!」

「だれが腐ってんだよ」


 杏はもちろん、梓でも難しい射撃を難なくやってのけた椿が言う。


「まず基本中の基本なんだが、引き金に指をかけるのは撃つときだけだ。それ以外は絶対にかけない。それから銃口は冗談でも絶対人に向けるな」

「は、はい!」

「あと他には――」


 椿の目は真剣そのもので、柊もまじめに話を聞いている。


「神宮寺さんって、本当にまじめだね」

「そうねー……軽く言ってたけど、やっぱり家のこともあるのよね」

「そりゃそうだと思うよ。そうじゃなかったら祈祷師が軍用祈祷に手は出さないでしょ」

「祈祷師からしたら自分たちのお株を奪われたわけだもんね」

「むかしとは状況が違うからね。怪異は増え続けてるのに、祈祷師はいっこうに増えない」

「祈祷師として一人前になるまでの時間と手間を考えたら、帝が軍用祈祷にシフトするのもわかるけどね。霊力があれば、だれでも最低限は祓えるわけだし」


 ふたりの視線の先では、


「いや、それは間違ってないんだけど、実戦だと使いづらいんだ」

「なるほど……参考書や図解を丸暗記しても、現場では役に立たないこともあるのですね」

「実際の怪異は待ってくれないし、話もできないからな。見つけたら撃つ、気づいたら撃つ、感じたら撃つ。くらいじゃないと、こっちが死ぬ。――もっと言えば、オレたちの一瞬の迷いで戦えない民間人が何人も死ぬ」


 噛みしめるように椿が言った。


「……わかりました」


 言葉の重みをしっかりと受け止め、柊も深く首肯する。

 その後もふたりはしばらく言葉を交わし続けた。


「最初はこんなもんだな。あとはひたすら撃って慣れるしかない。この距離なら必ず当てられるようになるまで反復訓練だ」

「はい!」


 さっそく柊がかまえる。その後ろに教官よろしく椿が立つ。


 柊はひたすら撃ち続けた。


 飛び交うペイント弾はかすりもしない。隣のレーンのターゲットに当たればまだマシで、ひどいときは床に当たっていた。それでも椿はマガジン交換のたびに根気強く助言を繰り返し、柊は腐らず理解しようと努めている。


 そんなふたりを見ながら梓が言った。


「ぼくたち、もういらないんじゃない?」

「そうね。あたしたちも訓練しよっか」


 そういってふたりは移動し、それからまたしばらく時間が流れた。


「や、やりました!」


 日が暮れはじめたころになって、ようやく柊の放ったペイント弾がターゲットをかすめた。

 柊は嬉しそうに椿に目を向けるが、


「そのまま続けろ! いまの感覚を忘れないように撃ち続けろ!」

「っ、はい!」


 椿は気を抜くことなく、険しい表情を向けていた。

 それを見た柊も、あらためて気を引き締める。


 自分が撃つ一発の破魔矢で、だれかの生命を救えるかもしれない。

 自分が破魔矢を一発でも外せば、だれかが犠牲になるかもしれない。


 それが軍用祈祷の世界だった。


 ●


 一〇ダースほど撃ち尽くしたところで、柊は深く嘆息した。


「……わたくしは軍用祈祷に向いていないのでしょうか……」


 それだけ撃ってターゲットをかすめたのは、さっきの一発だけだった。

 椿の目には汗を垂らし、腕を震わせる柊の姿が映っている。柊が真剣に取り組んでいるのは、見ればわかった。


「……そうだな」

「ちょっと、椿」


 一段落し様子を見ていた梓が気遣わしげに言った。


「ごまかしても仕方ないだろ」


 厳しいことを言うなら、真剣に取り組んでもこの程度、ということだった。


 柊の筋は悪い。


 さっき見たとおり、姿勢や基本動作といった教科書に載っていることはできている。むしろ椿自身もお手本にしたいくらいに完璧だった。まじめなだけあって、マニュアルの類は熟読してきたのだろう。

 逆に照準の付け方や引き金の引き方、呼吸の取り方といった実践しなければ身につかないことが、なにもできていない。

 極端な例をひとつあげれば、撃つ瞬間に目をつむっていることもあった。もちろん、初心者と考えればだれもが通る道ではあるが、


(このへんのことは、みんな一年のときに克服してんだよな……)


 一部を除き、祈祷学園に来てはじめて祈銃に触れる候補生は多い。そうした初心者向けのカリキュラムも当然だが用意されている。

 しかし、柊はそれらをすっ飛ばして、いきなり二年生から編入してきた。

 知識としては知っていても、身体がまるで反応できていない。

 しかも、人と比べても祈銃に対するセンスも悪い。


 椿の目から見た神宮寺柊とは、そういう少女だった。


 とはいえ、なにがなんでもダメというわけではない。


「……だけど、少なくともオレよりは向いてるんだ。そこは自信持てよ」


 いくら射撃が下手だろうが、柊にはそれを補って余りあるものがある。天から与えられ、これまで彼女が大事に磨いてきた無二の才能が。

 椿が喉から手が出るほど望み、それでもそのひと欠片も手にできないような霊力が。


(たぶん神宮寺が編入できたのは、これが理由なんだろうな。だったらいっそ……)


 柊が顔を上げた。


 椿はなにやら考え込んでいた。腕を組み、口元に手をやってぶつぶつとなにやら漏らしているが、柊には意味がわからなかった。


「ひいらぎー! 調子は、どう……?」


 そうこうしているうちに、杏もひと息ついたようで合流してきた。


「ええと……」


 柊が口を開き、さっきまで起きていたことを説明しようとして、


「……どうせなら振り切ってみたらどうだ!?」


 と、椿が言い出した。


 さっきまでの教官然とした姿勢や表情はどこへやら。

 そこには年相応の男の子がいた。こころなしか、目がきらきらと輝いているように見える。


「振り切る……ですか?」

「椿、どういうこと?」

「まぁ、待ってろ!」


 そう言って椿は駆け出した。

 向かった先は銃火器や備品の貸出所だ。


「……ああいうときの椿ってろくなこと考えてないのよね……」

「右に同じ」

「あ、あはは……」


 梓と杏がジト目を向ける中、柊は乾いた笑い声をあげることしかできなかった。


 ●


「これは……?」と柊。

「振り切る、って……」と梓。

「いくらなんでも重狙撃型は振り切りすぎじゃない? 戦車でも撃ち抜く気?」と杏が呆れ声で言った。


 驚きと呆れに目を見張る三人の前には、一般的には対物ライフルと呼ばれる大型の祈銃があった。持ち運びができる祈銃の中ではもっとも重く、もっとも威力が出せる代物だ。

 あまりの取り回しの悪さゆえ、祈祷学園にも一〇挺程度しか用意されていないそれを持ってきた張本人は、あくまでも笑顔で話す。


「いやいや、どうせなら浪漫を求めないと!」


 椿の目は新しい――それもとびきりの玩具を手にした子どものそれだ。

 きらきらと輝く瞳を柊に向ける。


「神宮寺は頑張ってる。めちゃくちゃ頑張ってる。それは認める」

「あ、ありがと――」

「だけど、まだ全然ダメだ。実戦どころか、こんなの模擬戦でもまるで使いものにならない」


 ここまであけすけに言われるのなら、逆にすがすがしかった。


「もうマジでメッチャ下手。そこらの小学生のほうがずっとマシ。っていうか、編入試験でもいちおう射撃はあったんだろ? いったいどうやって受かったのか、マジで謎。理解に苦しむし、このままじゃ進級だって危ういぞ。もう少し自覚をもったほうがいい」

「………………」

「だけど……神宮寺にはそれを補える霊力がある。それを最大限に活かせるのが、これだ」


 椿は、重狙撃型の祈銃へ目を向けた。


「神宮寺の霊力ならほとんどの怪異は一撃で祓える。ただし、当てられない。だったらいっそ、超長距離から超高威力の破魔矢を撃つ最強の固定砲台になればいいんだよ!」

「はぁ」


 椿はひとりで鼻息を荒くし、どんどん前のめりになっていく。


「でな! 重狙撃型の祈銃にも種類が色々ある。もちろんどれ使うかは好みなんだけど、個人的な推しを言わせてもらうのなら、オレはやっぱりボルトアクションがオススメだ! このマクミランTAC-50を元にしたモデルなら、メンテも楽だし、神宮寺みたいなズブの素人でも万が一のトラブルに対応しやすい! なにより一発ごとに手動で遊底を操作して、排莢してから装填する感触がたまんないんだ! とくにこの――」

「なる、ほど……?」

「あぁ、みなまで言わなくともちゃんとわかってるって! オレはオートマチックを否定するつもりなんかない。数撃ちゃ当たる、っていうのも命中率が低いのを補うひとつの手だしな! なにより他にはない爽快感を味わえるのは魅力だし、オレはバレッドM82こそ対物ライフルの歴史的な名銃だと思ってる! ……だけど! それでもあえて浪漫という一点で言わせてもらえば、どうやったってオートマチックはボルトアクションには勝てない! それだけじゃなく、オレの見立てだと神宮寺は――」

「…………あの」


 その後も椿は、柊のことなどまったく目に入っていない様子で、ひたすらだれのためにならないうんちくを延々と垂れ流し続けた。


「せいっ」


 と、見るに見かねた杏が椿の頭にチョップした。


「い――っ、おい杏! なにすんだ――」

「そういうとこがモテない原因なの、まだ気づかないの?」

「なっ! だれがモテないって――」

「見てみなさいよ」


 言われたとおり見てみれば、柊は眉を八の字にしていた。梓は相棒の変わらない様子に、露骨にため息をついていた。


 これには、さすがの椿も頭を掻いた。


「わ、わりぃ……ま、とにかくよ!」


 と、椿はその場に寝そべって祈銃をかまえた。


「重狙撃型の基本は伏射だ。まあ鍛えれば立射もできなくもないんだけど、現状の神宮寺には必要ない。かまえ方はこうして身体の中心と銃身を揃えて――」


 発砲。


 拳銃型とは比べ物にならないするどい音を立て、ペイント弾はターゲットへ向かって一直線で飛んで――命中。

 ターゲット全体を緑色に染めた。


「てな具合だ。ま、とにかくまずは触ってみろよ」

「はい」


 柊は言われるがまま、その場に寝そべってかまえた。


「そう、銃の真後ろに寝るイメージだ。肩に銃床をしっかり当てて――」

「はい」


 ふたりが真剣な表情で訓練するのを、梓は覚めた目で見ていた。


 霊力僅少の精鋭と、霊力お化けのポンコツ。


(この場合、どっちが祈祷兵として必要とされるんだろ)


 番匠谷椿は霊力(と学力)以外はあらゆる面で学園でもトップクラスだ。

 その実力は、泣く子も黙る鬼の壱番隊隊長、葛城柏にも匹敵すると言われている。


 いや、なんでもありのタイマンを張らせれば、あるいは――


 だが、対怪異の軍用祈祷において霊力は絶対不可欠だ。霊力がなければ、相手がどれだけ低位の怪異であっても絶対に祓えない。


 椿の霊力は零ではない。

 超近接距離から破魔矢を撃てば、怪異は問題なく祓える。


 だが、それは常に怪異に接近しなければならず、大変な危険が伴う闘い方だ。一定の距離から怪異を祓える祈銃の利点をまるで活かしきれない。本人はそれでもいいかもしれないが、所属する部隊の上官たちからすれば、扱いづらいことこの上なしだろう。


 では、やはり神宮寺柊が優位だろうか。


 一〇〇〇年以上続く、由緒正しき祈祷師の家系。その次期当主たる彼女の霊力は、もはや候補生という域に収まっていない。現役の祈祷兵の中に入れたとしても、相当な実力を有しているはずだ。


(――そのはずなんだけど)


「あっ」


 どれだけ優れた霊力を込められた破魔矢であっても、当たらなければなんの意味もない。それどころか、高威力のくせにノーコンな狙撃手ほど怖いものもない。

 怪異を祓うための破魔矢とはいえ、人体に当たれば普通の弾丸と変わらずけがをするし、当たりどころによっては死ぬ。


「どっちにしろ特訓は必要だな」

「はい……」


 揃って肩を落とすふたりに、梓と杏は顔を見合わせて苦笑していた。


 ●


 それから数日が経ったある日。

 教壇に立つ社会不適合者が、突然仕事に対する不満をぶち撒けた。


「くそダルい期末試験が始まる」

「榊さん、あんたマジで教官なの? それオレたちの台詞なんだけど」

「椿、てめぇわかってねぇな」

「なにを?」

「こっちはこっちで問題作ったり、採点したりしねぇといけねぇんだよ! 他の教官たちと足並み揃えんのもめんどくせぇし、普段以上に楓の小言が増えんだよ!」

「榊さん採用した面接官、マジで目ん玉節穴すぎるだろ」


 どこかの学園長室で、だれかがくしゃみをした。


「……もういいや、めんどくせぇから試験なんてしねぇ。おまえら全員、オレの授業の単位は〇だ」

「「「待てや、ごるぁ!」」」


 とくに珍しくもない参組総出のイベントである。


 飛び交うペイント弾。

 筆箱や上履き、あるいは雑巾やほうき、バケツが宙を舞う。


「――まぁ、冗談は置いといて。試験の概要を説明してくから、おまえらいつまでも遊んでないでちゃんと話聞けよ」


 結果、榊の圧勝だった。


 参組の候補生たちが、色とりどりのアートになっている。とくに椿や一部のやかましい男子は、真っ白な軍服が原型を留めていない。

 榊は四〇対一という状況の中、ほとんど無傷のまま祈銃一挺で戦い抜いた。


「つ、つえぇ……」

「一年のころから一回も勝ったことないんだけど……」

「か、かっこいい……!」


 クラスメイトたちのうわ言が聞こえる。


(いや、マジでなにもんだよ……!)


 顔面を真っ赤に染められた椿は、けげんそうな目で壇上の教官を見やった。


「実技の試験は鞍馬山での天狗討伐だ。毎年二年の一学期期末試験はこれに決まってる」

「きょーかーん、さっき問題作るの面倒だって――」


 榊の撃ったペイント弾が命中した。

 鼻と口に入ったらしく、撃たれた候補生がひどくむせている。おそろしいのは、目も向けずに命中させた榊の神業のような射撃技術だ。


「やつらはこの時期、縄張りを広げようと鞍馬山近辺を飛び交っては、他の怪異をひどく刺激しやがる。そのせいで地元住民からの討伐要請が毎年くる。それを利用したもんだ」


 鞍馬山の見取り図を広げ、天狗の生態などが黒板に書かれていく。機械のように精密な射撃とは裏腹に、蛇が痙攣しているような解読がギリギリな字だった。


「天狗は便宜上、中位の怪異に位置づけられているが、単体ならそこまでたいしたことはない。本領を発揮するのは、群れになってからだ」

「群れになってから?」

「やつらは知能が高い。仲間意識も強いし、他の怪異ではまず見られないような連携も駆使してくる。一体なら低位寄りの中位だが、三体いれば上位の怪異と同義だと思え」

「上位って……!」


 と、杏が漏らした。


「榊さん、上位なんて二年生――ていうか、試験で討伐させるもんじゃないだろ」

「椿に同意だね。上位の怪異は五指隊案件でしょ」


 他にも候補生たちから非難の声があがる。それも毎年恒例のことなのか、榊はめんどくさそうに答える。


「おまえらがなにを騒ごうが、これは定例の行事だ。例外が認められるかっつーの」

「いや、定例っつったって――」


「じゃあおまえらは、祈祷兵になってもこの任務の難易度は自分には高いから難易度を下げるか、他の任務にしてください、って上官に意見すんのか?」


「「「………………」」」


 沈黙は数秒続いた。

 その間、榊はおろかだれひとり物音さえも立てなかったが、やがてしびれを切らしたひとりが言った。


「だからって、試験でやるのは、その――」

「天狗には親玉がいる。その親玉が下っ端に縄張り拡大を指示してるわけだが、当然縄張りを拡大したやつは天狗社会の中で偉くなれる。餌も優遇される」


 一部の察しの良い候補生たちは、榊の言いたいことに気がついたらしい。

 梓と柊は首肯し、椿と杏は首を傾げていた。


「要するに、縄張り拡大の時期は個人プレーが多くなる時期でもある。これまでの試験中にも、群れが確認されたことはほとんどないし、あっても知れている数だ」

「……けど」

「そもそもこっちは四人編成(フォーマンセル)だ。人数でも火力でも負ける要素はない。もし仮に撤退することになったとしても、問題のない編成だ」


 そこまで言って、榊はあらためて参組をざっと見回した。

 多くの候補生の顔には、不安の色が濃く出ていた。これまで授業の一環で何度も実際に怪異を祓ったことがある候補生ばかりだが、上位の怪異というワードに過剰に反応してしまっているらしい。


 榊は深くため息をついた。


 そして、


「……ここまで言ってもまだビビってるようなやつらは――」


 見たこともない厳しい眼光を飛ばして、教室を睥睨した。

 背筋に冷水をかけられたように、全員の背が漏れなくピッと立った。


「悪いことは言わねぇから祈祷兵は諦めろ。いますぐ学園を去って民間人に戻れ」

「っ!」


 馬鹿にしやがって、とはだれも言い出せなかった。

 それだけ榊のまとう空気は重く、するどい。


「毎年、この期末試験を受けずに去っていくやつは何人かいる。いわゆる振るいみたいなもんだな。これから先の覚悟をあらためて問う、ってやつだ」


 教壇を降りた榊が、ゆっくりと教室の中を歩き始める。


「おれはこのとおり、社会不適合者の自覚はあるが人間失格になったつもりはない。これでも教官の端くれだ。候補生の死に様なんざ、二度と見たくねぇに決まってる。だから、降りたいやつはここで降りろ。恥でもなんでもない。それはそいつなりに社会で生き残るための生存本能だ」


 コツコツ、と軍靴が床を叩く音。

 そして、榊の声だけが教室内に響く。


「だが、ここまで言っても祈祷兵を諦めない勇気ある候補生を、おれは絶対に見捨てない。万が一にでも天狗が群れて襲いかかってきやがったら、そのときには――」


 発砲。


「このおれがおまえらを絶対に護ってやる。――だから、安心して試験を受けろ」


 二年参組は、水を打ったかのように静まり返っていた。

 そんな中、榊は冗談のように軽い足取りで教壇に戻って言った。


「っ、いっけね。そういや家賃の支払い、きのうまでだったわ」

「――いや、それより先に言うことがあるだろうが!」


 榊が撃ったペイント弾は、また椿の顔面に命中していた。真っ赤だった顔が、今度は真っ青になっていた。


「せっかくキメたんだから細かいこと言うなよ」

「キマってねぇんだよ! ついでに言っとくけど、家賃滞納は普通に犯罪だからな! 祈祷学園の教官みたいな帝国公務員がしていい犯罪じゃねぇからな!」

「うっせぇやつだな、そんなんだからおまえは霊力が――」

「カチーン! それ言われたらもう抜くしかないんだよなー!」


 そう言って椿がひとりではじめた第二ラウンドは、いつしか参組を巻き込む第三ラウンドへと変わっていく。

 さっきまでの締まった空気は完全に霧散し、二年参組はいつもの騒がしさに包まれていった。

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