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軍用祈祷  作者: まるす


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第一章 三八代目当主

「――逃げ遅れていた民間人一名の死亡が、さきほど確認されました。報告は以上です」

「ふむ。残念なことです……とはいえ、ご苦労様でした」


 太秦で発生した怪異を祓い終え、各隊の隊長は学園長兼司令官に顛末を報告していた。


 広い学園長室は二分されている。


 重厚な樫の一枚板を贅沢に使ったデスクと来客用の革張りのソファ一式。同じく樫の木の本棚には事典のようにぶ厚い本が何冊も収まっている。ここが学園長としてのスペース。

 もう半分は数台のモニターや通信機、レーダーといった機材が所狭しと並べられていた。通信兵と思われる候補生たちが数名腰かけ、いまも各所とやり取りを続けている。ここが司令官としてのスペースだ。


「それでは下がってください。……あぁ、葛城くんは別の話があるので、少し残ってください」

「「「はっ!」」」


 隊長ふたりが退室し、学園長はソファに手を差し伸べた。


「どうぞ、かけてください。葛城くんは紅茶とコーヒー、どっちが好みでしたか」

「自分は水しか飲みません」

「……そうですか」


 捨てられた子犬みたいな顔をされても困る。階級で言うなら、あなたは少佐だ。対して自分はまだ祈祷兵ですらない。お互いの立場をきちんと理解してくれ。

 そう思いながらも顔にはいっさい出さず、気をつけの姿勢で葛城は問いかけた。


「さっそく用件をうかがいたいのですが」

「彼――番匠谷くんの件です」


 やはりそのことか、と思った。


「今回もあいかわらず、でしたか」

「……霊力という一点においては、素人同然であると報告せざるを得ません……」

「そうですか。……現場の緊迫感があれば、なにか変わると思っているのですが」


 優秀な部下にして、小憎たらしい後輩の顔が目に浮かんだ。

 帝国祈祷兵団養成学園で、もっとも優秀な候補生――壱番隊隊長の葛城柏は、なにも答えられなかった。


「そんなに暗い顔をしないでください。わたしはあなたを――そして番匠谷くんを責めているわけではありません」


 そういって学園長は窓辺へと歩み寄った。


 窓の外に広がる大きなグラウンド。

 この十数年で新たに建設された大規模な訓練場。

 遠くには、いまは使われていない旧校舎。


 それらに目を向けながら、学園長はおだやかに話を進める。


「学園には五〇〇余名の候補生が通っています。その中でも番匠谷くんは東堂くんと並び、二年生ながら壱番隊に抜擢された実力のある若者です。……まあふたりを推したのは、わたしなんですが」


 葛城に視線を戻した。

 やさしい眼差しは、生え始めた新芽を見守るそれだった。


「あなたたちはまだ若い。これから驚くほどすくすく伸びる可能性も、あっと驚く華を咲かせる可能性もあるでしょう。ですが手入れを怠ってしまえば、腐ってしまうことも、枯れてしまうこともありえる」

「はっ」

「歳がひとつしか違わないとはいえ、後輩の面倒を見て、成長を促すのも隊長の立派な仕事ですよ」


 葛城は深くうなずいた。


「よかったらお茶でも飲みながら――」


 と学園長は続けたが、葛城はそれを丁重に断り部屋をあとにした。

 学園長の顔は、雨に濡れた子犬のよう悲しげだった。


 ●


 翌日の始業前。


「――でね、旧校舎の奥から夜ごと泣き叫ぶ声が聞こえるんだけど、じつは――」

「それ、オチ知ってるし」

「えー! ちょっとくらいノッてくれても――」

「っていうか、きょうって――」


 帝国祈祷兵団養成学園――通称、祈祷学園二年参組の教室は、いつも通り騒がしかった。


 近代日本帝国に蔓延る怪異を祓う兵。その名を祈祷兵。

 祈祷兵が集う組織。その名を帝国祈祷兵団。


 その祈祷兵を養成する帝立機関とはいえ、主に通うのは一六歳から一八歳までの少年少女たちだ。高い志を持ち、厳しい訓練をこなすのとはまた別で、年相応に騒ぎたい面はだれにだってあった。


「おい! 帝国女学院のお嬢様がたとの合コンが決まったぞ!」

「マジか!? うちの女(ゴリラ)どもとは違う、あのおしとやかなお嬢様たちと――」

「だれがゴリラよ、だれが!? この節操なしのサルどもが!」

「「「サイテー!」」」

「やっべ、京極に聞こえ――いぎゃ!」

「退避! 参加者は全員退避だ! 後方のドアから脱出――うがぁ!」

「おまえらのそういうところがゴリ――ぐぼぁっ!」


 これが祈祷学園の日常だった。


 そんな中、普段は率先して馬鹿騒ぎに混じるはずの椿にしてはめずらしく、机に肘を突いて窓の外に目を向けていた。

 頭の中では、きのうの光景が何度も繰り返されていた。


(完璧な射撃だった……)


 怪異を捉えた動体視力や反射神経。

 祈銃を発砲したタイミング、照準。

 どこを取っても問題はなかったはずだ。


(なのに……)


 狙いが外れていたなら、まだ救いはあった。訓練場にこもって、何度だって繰り返し射撃の訓練をすればいい。そうした訓練の積み重ねが、ここぞというときの一発の命中率へと繋がるのだ。


 だが、そうではない。


 破魔矢は怪異に命中するどころか、呆気なく霧散してしまった。


 それが番匠谷椿の抱える、祈祷兵としての致命的な欠点だった。


(霊力不足とか……祈祷兵として致命的すぎだろ……)


 どれだけ肉体的に優れていようと。

 銃火器の扱いに長けていようと。


 怪異を祓うのに必要なのは、けっきょく霊力だ。


 その祈祷兵には絶対に必要な霊力が、番匠谷椿には大きく欠けていた。


 と、


「なに辛気臭い顔してんの」


 声がしたほうに目を向けると、梓が立っていた。

 この付き合いの長い相棒は、いつだってこういうときに声をかけてくれる。


「……なんでもねぇよ」

「きのうのこと気にしてるんでしょ」

「……ほっとけ」

「ほっとかないよ」


 梓は椿の前の空いた席に座りながら言う。


「亡くなった方は気の毒だけど、ぼくたちが現着したときにはもうダメだったって話だよ。最後まで施設に残って、避難を手伝ってた勇敢な人だったみたい」

「聞いたよ。そっちは気にしてない」


 通報から最短で駆けつけても間に合わなかった。申し訳ない気持ちはあるが、どうしようもないことだった。


(……そんなふうに割り切れるんなら、こっちだって苦しまないんだよ)


 わけのわからない、突然現れる怪異に人生を奪われて無念だったろう。残された遺族の気持ちも痛いほど理解できるし、どれだけ言葉を並べても救えなかったのは事実だ。


(もしオレが怪異を祓えてたら……もっとちゃんと戦えてたら、亡くなった人だって助けられてたのかもしれないのに……)


 それがとんでもない驕りや勘違いであることくらい理解しているが、そう考えずにはいられなかった。


「それならいいけどね」


 椿の考えていることくらい、梓はお見通しだったが口には出さなかった。

 代わりに大きく肩をすくめて、話題を変える。


「ぼくたちまだ一七だよ? 霊力の有無は生まれつきだけど、開花する時期は人それぞれ。祈祷師の中には三〇代で開花した人だっているらしいよ」

「わざわざ調べてくれてありがとうな。だけど、そんな情報はずっと前から知ってるよ」


 ガバっと顔を上げて、相棒の顔を見た。

 にんまりと笑っている顔には嫌みのひとつもない。庇護欲をそそる童顔とおだやかな性格もあいまって、梓は女子候補生――とくに先輩女子からの人気が高い。別に羨ましくも妬ましくもないが。


「で? わざわざオレにそんなことを言いに来たのか?」

「そんなわけないでしょ」

「じゃあなんだよ」

「これね、朝から噂になってるんだけど――」

「ういー。席につけ、雑兵ども」


 と、そのとき。


 教室のドアを乱暴に開けて、若い男が入室してきた。

 梓は男を確認すると、ペロッと舌を出した。


「榊さん来たから戻るね。どうせすぐわかることだし」

「おぉ」


 梓は口をつぐんで、自身の席へ戻っていった。


「あっ、くぁっ……忌々しい朝だ」


 男はズカズカと教壇まで歩くと気だるそうに言った。

 寝癖全開の髪をわしゃわしゃと掻き、あくびまでかました男に、椿はジト目を向けながら言った。


「榊さん、マジで社会不適合者みたいなのやめなよ。歳だってオレたちとそんなに変わんないんだろ」

「馬鹿野郎! おれは生まれてから死ぬまで社会不適合者なんだよ! ――うっぷ!」


 社会不適合者は青白い顔を晒し、脂汗まで浮かべていた。


(((まーた二日酔いかよ……!)))


 ぜんぶ込みでいつものことだった。椿がツッコんだ以外は、だれも気にした様子もなく普段通りにしている。


「――っふぅ。さて、さっそくだが連絡事項だ。――入れ」

「「「ん?」」」


 クラスの半分くらいの候補生の頭に疑問符が浮かんだ。いったいなんのことかと思っていると、


「――失礼いたします」


 鈴が転がるような声とともに、ひとりの女子候補生が入室してきた。


 瞬間、


「「「――っうぉおおおおおぉぉぉ!?」」」

「「「――っきゃぁあぁぁああぁあ!?」」」


 爆弾が爆発した。


 それくらいの熱量で、クラス中から歓声が上がった。


「ぐっ! だまれ、雑兵ど、も……っ! ……うくっ、頭にひびく……神宮寺、さっさと挨拶しろ」

「はい」


 頭を押さえ、ふらふらと揺れる榊の隣に立った女子候補生は、楚々とした仕草で挨拶した。


「本日からこちらの学び舎で学ぶことになりました、神宮寺柊と申します。みなさま、どうぞよろしくお願いいたします」


 ●


 神宮寺柊は目立った。

 転校生ということもあったが、なにより彼女の生い立ちは祈祷学園内では異端とも呼べるものだった。


「へー! じゃあ神宮寺さんの家は祈祷師の家系なんだね!」

「はい。わたくしで三八代目になります」

「それって年数に換算すると……?」

「およそ一〇〇〇年ほどでしょうか」

「すごっ!」

「けど、いまどき祈祷師って大変そうだよね……」

「ちょっと……!」

「えっ? ……あっ! ご、ごめん! その、そういう意味じゃ……」

「いえ、そのとおりですよ」


 ひとりの女子候補生が口をすべらせたが、柊はとくに気にした様子もなく笑顔で応じた。


「――席に着きなさい」


 そのとき、現代史の教官が入室してきた。

 教官が壇上に上がると、柊の周りに群がっていた候補生たちも蜘蛛の子を散らすように自分の席へ戻っていった。

 その様子を、椿は興味なさげにぼんやりと眺めていた。


(梓が言いたかったのは彼女のことか)


 たしかに転校生といえば一大イベントだ。

 それも定期的なイベントではない。朝から噂になっていたのもうなずける話だ。


「では、授業を始めます。きょうは――」


 ハキハキとした気の強そうな喋り方と、角ばった特徴的な字で教官が授業を進めていく。


「――怪異の発生件数は世界中で見ても、日本が圧倒的に多いです。原因はいまのところ不明とされていますが、八百万の神という他国では見られない多神の考え方が関係している説がもっとも有力で――」


 教官の話を右から左に流して、椿は窓の外に目をやった。


 蒼穹の空に浮かぶ大きな白い雲。


 じわりとシャツが汗ばんできた。祈祷学園の制服は祈祷兵団で採用されている軍服と同じで、夏も冬も関係ない。もう少しで、暑さにひたすら耐える我慢比べの時期がやってくる。


 一年生の半数は、この我慢比べに耐えきれなくなって辞める。


 そんな噂が立つくらいにはつらい。実際、去年はどうだったか振り返ってみる。

 ――真偽は定かじゃないが、数人は退学していたような気がする。


「――それでは……せっかくですので、神宮寺さん」

「はい」

「軍用祈祷の基本、祈銃と破魔矢について説明してください」


 小手調べ、と教官の顔に書いてあった。

 柊は背筋を伸ばして立ち上がり、間髪をいれずに答えた。


「祈銃とは破魔矢を撃つための銃火器です。拳銃型や突撃型、狙撃型といった一般の銃火器と同じく、用途によって種類が存在します。また、祈銃は元が一般の銃火器なので弾丸を撃つこともできますが、逆に一般の銃火器が破魔矢を撃つことはできません」


 続けて、


「軍用祈祷における破魔矢とは、霊力を増幅する弾丸です。祈祷師の祈祷でしか鎮められなかった怪異を広く祓えるようにした、軍用祈祷の象徴ともいうべき弾丸です」

「素晴らしいです」


 教官は満足そうにうなずいた。

 教室内に感嘆の声があがる。


「祈銃と破魔矢の開発こそ軍用祈祷の起こり。ひいては帝国祈祷兵団のはじまりです。祈祷という才能と訓練でしか得られなかった技術を、最低限の霊力(才能)を備えていればだれにでも扱えるように――」


(悪かったな、最低限の才能すらなくてよ)


 教官は嫌みを言ったわけではない。あくまで授業の一環で事実を述べただけだ。椿もそんなことは理解している。


 それでも、おもしろくないものはおもしろくない。


(オレだってわかってんだよ……)


 現実から目を背けるように、机に突っ伏す。

 椿の身体が規則正しく揺れ始めるのに、時間はかからなかった。


 ●


 祈祷学園のコマ割りはわかりやすい。

 午前が座学、午後が実技。

 その合間の昼休憩、椿と梓は食堂にいた。空き巣よろしく視線を左右へさまよわせる椿に梓が訊いた。


「なにしてんの?」

「きのうみたいなのはゴメンだからな……! 食い終わるまでは警戒しとかないと……!」

「意味ないでしょ……」


 チャーシューメン(リベンジ)を載せたトレーを大事に抱える椿。親子丼を載せたトレーを持ち、呆れた視線を向ける梓のふたりは空いた席を探していた。


 食堂は広いが、余裕があるわけではない。

 いちおう五〇〇人が座れる席数は用意されているらしいが、そんなにきれいに埋まることなんてまずありえない。

 案の定、パッと見回してみても空いている席は見当たらなかった。


「――おっ!」


 ちょうどそのとき、差しかかった窓際の四人席が空いた。日当たりのいい、中庭を見渡せる人気の席だ。普段は昼休みの最初から最後まで埋まっていることが多いが、きょうは運がいいらしい。


「っしゃ! さっさと座るぜ、梓!」


 と、


「あーっ! 良いタイミングで空いたよ!」


 後ろからふたりを追い越し、席にトレーを置いた少女がいた。

 それを見た椿が眉を怒らせて言う。


「おい、杏! その席はオレたちが座ろうとしてただろうが!」

「なに言ってんの? 食堂の席は早いもの勝ち。こんなの新兵の一学期で理解してるでしょ――さっ、神宮寺さんも座って!」

「え、っと……その」

「いいからいいから!」


 京極杏が手招きすると、椿たちの後ろから、トレーを手に持った柊がひょっこりと顔を出した。彼女のトレーには、きつねうどんとかやくごはんのセットが載っている。

 ちなみに杏が置いたトレーには、ペンネ・アラビアータが載っていた。


「いやいや、いくら転校生がいるからって横入りは許されねぇぞ! さっさとどきやがれ!」

「はぁ!? 転校生とか横入りとか関係なく、そもそもレディに席を譲るのは常識でしょ!」

「あ、あの――」

「神宮寺さん、気にせず食べよう。いつものことだから」


 ふたりのやり取りをおろおろと見守る柊に、梓がそっと言葉をかけた。いがみ合うふたりを無視して、梓は杏の斜向かいの席に腰を下ろす。

 そのまま親子丼を食べ始める様子に、柊は「はぁ」と返すことしかできない。


「はん! それは男を立てる女が……っと、こりゃ失礼! 杏みたいながさつな女に求めるには、少しばかりハードルが高かったかな!」

「なんですって! まずは立てられるような男になってから……あら、ごめんなさい! 椿みたいな器の小さい男には、言葉がするどかったかしら!」

「――あんだ!? てめぇ!」

「なによ!」


 椿と杏のじゃれ合いに慣れている梓とは違い、柊はまだふたり――とくに椿とは会話もしたことがない。いきなり目の前でこんないがみ合いを見せられては、悠長に箸が進むわけもなかった。


「いまは男女平等の時代だぞ! それを杏は――」

「これだから椿は! 平等と公平の違いを理解してから――」

「あの……」

「だいたい杏はな――!」

「椿はいっつも――!」

「あの!」


 ふたりの間に割って入るように柊が乗り出した。


「その……四人席なので、みんなで座って食べればいいのでは……!」


 ●


「みんなからの質問攻め、大変だったでしょ?」

「いえ。みなさん、優しい方たちばかりなので、お話していてとても楽しいです」

「うぅ……! なんて良い子……!」

「そんなことは……京極さんも――」

「杏って呼んでよ! あたしも柊って呼んでもいい?」

「もちろんです、杏さん!」


 一方、


「そいやぁ、きょうの実技ってなんだっけ?」

「そんなのぼくに聞かないでよ」

「優等生の梓くんならちゃんと覚えてるだろ」

「よく言うね、実技ほぼ完璧な優等生はどっちだよ」

「肝心なとこがダメなんだけどなー」

「そういう意味で言ってないでしょ」

「わかってるって」


 と、椿がチャーシューメンをすする。


「かーっ! やっぱこれだわ!」


 学食とは思えない深い味わいのスープ。

 コシがありつつ、つるりとした喉越しの細麺。

 それらに絡む豚バラチャーシューのこってりとした脂。

 きのう食べそびれたのもあってか、普段よりもずっとおいしく感じた。


「あの」


 柊がテーブルに身を乗り出し、声をかけた。

 視線の先には、一心不乱に箸を進める椿がいる。


「ん?」

「いまの話は本当ですか? 番匠谷さんは実技の成績が完璧とおっしゃっていましたが」

「いや、べつに完璧ってわけじゃ――」

「実技はほぼ満点だね」


 と、梓が挟み


「まぁ……」


 と、杏も不服そうに認める。


「椿は霊力を除けば学年……いや、学園でもトップクラスの実力者だよ」

「いやいや、さすがにそれは言いすぎ――」

「実際そうよねー。癪だけど、それは認めるわ」


 ペンネをフォークで突き刺しながら、杏が同調する。


「射撃、体術、サバイバル技能にエトセトラ……身体動かす科目はだいたい満点でしょ」

「っ、まぁ、な……」


 背中が痒くなる。まさか転校生を前に、こんな形であけすけに褒められるとは。なんだかんだ言いながらも、ふたりとも自分のことをこんなに――


「そのぶん馬鹿だけどね」

「実技以外は箸にも棒にもかかんないもんねー」

「うっせぇよ! わざわざそこまで言わなくていいだろ!」


 ペンネが突き刺さったフォークを突きつけられた。なんて行儀の悪いやつだ。


「そういう意味では梓こそ本当に優秀よねー。むしろ勉強もできるぶん、椿より上でしょ」

「そうだね、否定しないよ」

「これで嫌みがないから余計に腹立つんだよな」

「事実を言ってるだけだからね」

「むきーっ!」


 梓の気取った態度に、椿がテーブルの上のナプキンを噛んだ。その様子を見て杏が笑い、柊にも笑顔が浮かぶ。


 と、


『緊急! 緊急! 上京区、鴨川にて怪異の発生を確認! 上京区、鴨川にて怪異の発生を確認! 壱番隊と弐番隊はただちに――』


「――っぶねー! ほれ見ろ! 急いで食って正解だったわ!」と椿。

「さいきん多いよねー」と杏。

「怪異に理由なんか求めても仕方ないでしょ。行くよ、椿」と梓が言い、ふたりはトレーもそのままに駆け出した。


「ふたりとも、気をつけてね」


 その背に杏が声をかけた。部活に行くのを見送るような気軽さだった。

 それを見て柊が言った。


「これが祈祷学園の日常ですか」

「あいつらが特別なのよ。霊力以外の実技が完璧な椿と、オールラウンダーの梓。二年生で五指隊に所属してるのって、あのふたりだけだもん」

「杏さん、その五指隊というのは……?」

「壱番隊から伍番隊までの上位部隊のこと。実戦に投入される候補生のエリート、ってとこかな」


 ペンネを転がしながら、杏は続けて言った。


「あたしも二年のうちにあいつらと肩並べたいんだー。そのためにも頑張らないとね!」

「そうなんですね」

「柊は? って、きょう来たばっかだし、まだわかんないことのほうが多いよね」

「そうですね。……ですが」


 柊の瞳がスッと細まる。

 それまで浮かべていた可憐な笑みとは違い、自信に満ちたどこか妖艶な笑みが浮かんでいる。


「一〇〇〇年続く神宮寺家次期当主の名にかけて、わたくしももちろん高みを目指します」


 ●


 翌日。


 椿は机に突っ伏していた。

 きのう鴨川に向かった壱番隊と弐番隊は、首尾よく怪異の撃破に成功した。今回は民間人に被害もなく、作戦としては万事うまくいった。


 もっとも、椿は今回もなにもできなかったが。


(オレ壱番隊にいる意味ないじゃん……)


 このままでは壱番隊からの降格――それどころか五指隊の所属も怪しくなってくる。


 祈祷学園における五指隊とは、全候補生の頂点に君臨する隊だ。それが壱番隊ともなると、候補生の中の上澄み中の上澄み。

 いくら霊力以外の地の能力が優秀とはいえ、怪異を祓えなくて隊のお飾りにもならない椿がいるなんて、なにかの冗談としか思えなかった。


 実際どうしてあいつが、なんて声は何度も聞いたことがあった。それにもし、自分が逆の立場だったとしたら同じように声をあげているだろう。


(なんとかしないと、ってのはわかってるんだけど……)


 もちろん、椿自身もこれまでなにもしてこなかったわけではない。

 射撃や体術を磨く以上に、長い時間をかけて霊力とは向き合ってきた。怪しい民間療法は片っ端から試してきたし、胡散臭い薬品に頼ったことだって何度もある。


「――あの」


 だが、現実はこれだ。


(……このままじゃ、おふくろたちに顔向けできねぇ……)


 じつのところ、椿は壱番隊にも五指隊にもたいして興味はない。怪異を祓えればなんだっていい。

 ただ、候補生の期間中により多くの怪異を祓うなら、もっとも都合がいいのは五指隊――その中でも壱番隊に所属することだった。


(なにがなんでも霊力を磨いて――)


「あの!」

「! うお――っ!」


 耳元で聞こえた声に思わず仰け反った。


「じ、神宮寺……? どうした……?」

「大声を出してすみません……その……」


 なぜか顔が真っ赤だった。気のせいでなければ、目元も少し腫れているような。


 まだ半日程度しか一緒にすごしていないが、神宮寺柊はとてもわかりやすかった。


 おだやかで、おそろしくまじめ。

 物怖じせず、自分の意見や主張をはっきりと言う。


「……?」


 そう思っていたのだが、顔を見れば視線は泳いで、口は金魚のようにパクパクを繰り返している。なにやら言い淀んでいる様子に、らしくない、と椿は思った。


「どうしたんだよ?」

「っ、いえ、その――」

「柊は射撃技術とか祈銃の扱いとか、そういう実戦的な技術を教えてほしいんだって。きのう言ってたでしょ」


 と、柊の後ろから杏が顔を出して言った。


「ああ、そういえば……けど、神宮寺はきのう来たばっかなんだし、そんなに焦らなくてもいいんじゃないのか?」

「それがね――」


 ●


 椿と梓が緊急出動の要請を受け、鴨川に向けて飛び出して行ったあとのことだ。


「ああ……太陽がおれを殺しにかかってやがる……」


 午後からの実技の授業。担当教官は担任の杠榊だ。

 大規模な訓練場もあるが、きょうはグラウンドで祈銃を用いて行われた。


「きょーかーん! 干からびたナメクジみたいなこと言わないでくださーい!」

「馬鹿野郎! ナメクジに失礼だろ!」

「「「えぇっ……」」」


 ドン引きである。


 その様子に榊は、


「ったく、椿がいねぇと締めるやつがいねぇな」

「いや、そこはきょーかんが締めてくださいよ」

「あー、ったく……まぁ、アレだな。きょうは……ダルいから復習だ」

「まただよ……」

「ほんっと、榊さんって……」


 言われ放題の榊の視界には、ちらりと柊の姿が映っていた。

 一瞬のことだったので、柊本人も気づいていなかったが。


「まずは兵装確認だ」


 榊の言葉を聞いて、候補生たちがホルスターからすばやく祈銃を抜いた。なんだかんだ文句は垂れながらも、ここにいるのは一年以上厳しい訓練を続けてきた候補生ばかりだ。全員が流れるような動作だった。


「っ!」


 そんな中で、柊だけが祈銃をホルスターに引っ掛けていた。

 もちろん榊はそれにも気づいていたが、なにも言わない。ただ淡々と授業を進めていく。


「よし。それじゃ――京極」

「はい!」


 杏が前に出る。

 そのままゆっくりと射撃レーンに入り、ゆらりとかまえた。


 発砲。


 破魔矢は三〇メートルほど先にある怪異を模したターゲットの右腕に命中した。


「ん。まぁまぁだな」

「もー! ちゃんと心臓狙ったのに!」


 悔しそうに地団駄を踏む杏を無視し、榊は次々と候補生たちを名指ししていく。そのたびに候補生たちが射撃レーンから発砲する。


「っしゃ!」

「あーっ! くそっ、もうちょっと!」


 うまく当てられる者。

 的を外す者。

 狙いと違う場所に当たる者。

 射撃技術も、破魔矢の威力も十人十色だった。


「っし。それじゃ――ラスト、神宮寺」

「はい」


 途端、いっそうクラスが沸き立つ。


「神宮寺さーん! 頑張って!」

「マジで神宮寺きれいだわー」

「柊ー! 気負わないでね!」


 転校初日。

 最初の実技。

 一〇〇〇年続く祈祷師の末裔。

 大和撫子然とした気品のある佇まいと、全身からみなぎるで(・)き(・)る(・)女の雰囲気。


 期待されないわけがなかった。


「っ」


 正面にかまえる。

 教科書に載せても恥ずかしくない、お手本のようにきれいなアイソセレススタンス。

 榊も思わず「ほぅ」とうなった。


「撃ちます!」


 発砲。


 だれも聞いたことがない、身も切れそうなするどい音。

 目を焼かれそうになる力強い輝き。

 息を呑むクラスメイトの前で、柊の撃った祈祷学園最初の破魔矢は――


「「「………………」」」


 ターゲット――を大きく外れ、学園創設当時に植えられた記念樹を半ばから消し飛ばした。当時の帝が候補生たちの安全と帝国の繁栄を祈り、寄贈したものだ。

 ちなみに、代々世話をしてきたのは歴代の学園長たちである。


「――えっ!?」


 一拍遅れて、柊はようやく自分がなにをしでかしたのかを理解した。祈銃が力なく下ろされ、顔からは血の気が引いている。


「……あー、っと……ん、マジか……」


 あの榊ですら、苦い顔をしながら事態の把握に数秒の時間を要した。


「……これって、監督不行届になんのか……?」

「も、ももも申し訳ございません……っ!」


 大失態をやらかした柊だが、「意外とポン?」「完璧超人じゃなかったんだ」と一部のクラスメイトたちからは、好印象を持たれるきっかけにもなった。

 ちなみに、当然だが榊は監督不行届で始末書を書かされ、半年間の減俸処分になった。


 ●


「――っていうことがあってね」

「なるほどな……」


 外を見やる。


 どおりで立入禁止の立て看板やブルーシートが目立つわけだ。言われてみれば、たしかに記念樹はあのあたりに植えられていたような気がする。


 視線を戻す。


 学園始まって以来、だれもやらかしたことがない大失態をやらかした少女は、目に見えて消沈していた。きのうまでは感じられた自信や誇りが、うそみたいだった。


「そんなに気にしなくていいって! それよりもこれからのことを考えようよ!」


 これで励ますつもりが微塵もないのが杏のいいところだ。失敗は失敗としてきちんと受け止めて、そこから前に進もうと言ってくれる。

 柊にもそれは伝わったらしく「……そうですね」と言って、視線をきっちりと椿に合わせた。


「恥ずかしながら、わたくしはこれまで軍用祈祷というものに、ほとんど触れてこないまま学園の門を叩きました」

「お、おぅ……」

「ですので、番匠谷さんに祈銃の扱いや、その他祈祷兵に必要な技術や知識を教えていただきたいのです」


 律儀に頭を下げながら「よろしくお願いいたします」と柊は言った。


「いや、同級生にそんな堅苦しい言い方やめてくれよ。こっちの肩が凝るって」

「それについては同感。柊ってまじめ過ぎー!」


 杏が抱きつき、柊がうろたえる。女子特有のスキンシップに、柊はあまり馴染みがないらしい。

 ふたりを視界に入れながら椿は言った。


「事情はわかった。オレでよければ力になるから、なんでも聞いてくれ」

「はい! ありがとうございま、す――っ!?」

「んんっ!? 柊さん、このおっぱいはけしからん――じつにけしからんですよ!」

「ちょ、ちょっと杏さん! どこさわって――や、やめ……あっ!」


 スキンシップは椿が見ている前だというのに、どんどんエスカレートしていった。

 これ以上見ていれば、それだけでなにやらひどい誤解を受けそうだったので、椿は窓の外に視線を向けた。

 梅雨が明け、じめっとした空気が少しはマシになってきた。そのぶん気温はぐっと上がり、眠っていた蝉の鳴き声が聞こえはじめてきた。


 もうすぐ夏が始まる。

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