005話. 金づる(1)
助祭に案内されて到着した図書館は、とてもこぢんまりとしていた。
聖堂の規模を考えれば当然のことだった。
『それでも蔵書数はそれなりにあるな。』
そもそも大きな期待をしていなかったため、落胆もなかった。
どうせここで得られる知識といえば、ラテン語、そしてルーベンが学んだ歴史と実際の歴史の隔たりを埋める程度だったからだ。
そんなルーベンの心を知らない助祭は、ひどく誇らしげな表情で言った。
「我が聖堂の誇りだ。うちより大きな聖堂でも、図書館がない場合は多いんだよ。」
「わあ、本が格好いいです。」
本が格好いいというのは本心だった。
どれでも一冊持って前世へ戻れば、少なく見積もっても数千万円以上はする古書だった。
格好よくないはずがなかった。
「文字は読めるのかい?」
「スペイン語は完璧に分かって、他のものはたどたどしく読む程度です。早くラテン語を勉強して、聖書を読みたいです。」
「よい心がけだ。神父様が特別に許可してくださったのだから、一生懸命励みなさい。ちなみに本の持ち出しは禁止で、この中でだけ読まなければならない。本を傷めないよう気をつけるんだよ。」
「はい、ありがとうございます。」
図書館を出ていく助祭に挨拶し、本を見て回っていると、遠くからオルガンの音が聞こえてきた。
エレナが難しい曲を練習している音だった。
『母さんもあんなに頑張っているんだ。僕も少しは親孝行してみるか。』
本の大半は、ラテン語とスペイン語で書かれていた。
ルーベンは偽装用にまず聖書を手に取り、それからスペインの歴史書と錬金術師に関する書物を一冊取り出した。
『まずは、僕が知っている歴史と違いがあるか確認してみよう。』
前世の記憶と肉体の記憶があったため、スペイン語で書かれた本を読むのは難しくなかった。
16世紀初頭から本の最後の部分まで、素早く速読した。
『時代背景による見方の違いはあるけど、僕が知っている歴史と大きくは違わないな。』
ヨーロッパは多くの戦争を経験したが、本は比較的多く残っていた。
そもそもの量が非常に多かったからだ。
現代でも、古い書店で古書を探して収集する者がいるほどだった。
そのせいか、ルーベンが論文まで探して確認した歴史と、この本に記された歴史には大きな違いがなかった。
歴史を確認したのだから、次はこの時代の知識水準を確認する番だった。
続いて、『錬金術について』という本を開いた。
「著者はエイドン・ルネヴィル? 初めて聞く名前だな。」
この本は、戦争の最中に失われた可能性が高かった。
そうでなければ、前世で名前くらいは見たはずだからだ。
「それでも、出版されてから10年しか経っていない本だな。それなりに役立ちそうだ。」
もともと化学の歴史と発展史を学んでいるうちに、枝葉としてヨーロッパ史まで掘り下げるようになったルーベンだった。
そのため、この時期の錬金術師たちがどのような装置と物質を使っていたかを知っているのは当然だった。
だが、実際に暮らすことになった以上、正確な情報が必要だった。
本の序盤は、錬金術師の心構えのような内容が出てきて退屈だったが、やがて彼らが使う物質が登場し始めた。
古くから使われてきた金、銀、水銀をはじめ、硫黄、塩、ヒ素もあった。
「おお、確かに欲しくなるものをたくさん作っているじゃないか? もちろん、僕が金を出して買う気にはなれないけど。」
鳩の卵を最後に、話題は錬金術師たちの道具へと変わった。
「おお、アランビック(Alembic)だ。」
アランビックは、8世紀にイスラムの錬金術師たちが作った蒸留器だった。
もちろん、本に紹介されているアランビックは、何度も改良を重ねた最新式の製品だった。
さまざまな種類のアランビックの絵と共に、その下には価格が記されていた。
「これが一つあれば、いろいろ作ってみられそうだけど...正気か、いったいいくらするんだ!」
だが、価格は衝撃的なほど高かった。
ガラスで作られた、実用性などなさそうな小型のアランビックでさえ、5ドゥカートだった。
銅と錫の合金である青銅で作られたものは、100ドゥカートを超えるものもあった。
「やっぱり、こういう工業製品はイタリア製だから、基準がドゥカートなのか?」
金、金、金!
欲しかった情報は得たが、やはり結論は金だった。
***
商売の許可を得たルーベンは、規則正しい生活を送った。
朝起きて食事をし、水を汲んで聖堂へ向かった。
売上は定期ミサのある水曜日と日曜日に集中していたが、それでも欠かさず通った。
図書館には、まだ読むべき本がたくさん残っていたからだ。
ミサが終わると、ルーベンは素早く聖堂の前に作った露店へ駆けていった。
聖堂から出てきた人々は、三々五々集まってルーベンの店を訪れた。
「私はカモミール。」
「私はカモミールにタイムを混ぜたもの。」
「ルーベンは顔だけでも相当人気が出そうなのに、ハーブティーまで上手に作るんだから、女たちが列を作りそうだな。」
ルーベンの茶は、それほど負担になる価格ではなかったため、客はかなり多かった。
価格に比べて、味も非常に優れていたからだ。
もちろん、小さな村なので、20分か30分忙しければ終わりだった。
その日も人々が一度押し寄せた後、辺りが閑散としてきたところで、村の雑貨店を営むラエフが聖堂からゆっくり出てくるのが見えた。
彼は、亡くなったルーベンの父親と親友の間柄だった。
「ラエフおじさん! 出てくるのが遅かったですね?」
「妻が妊娠三か月でね。それで、もう少し長く祈っていたんだ。」
「おお、本当ですか? おめでとうございます!」
「はは、ありがとう。それでなんだが、ハーブを少し売ってくれないか?」
「奥さんにあげるんですか?」
「そうだ。お前のハーブティーを飲むと、ぐっすり眠れると喜んでいてね。」
「売るだなんて。弟か妹への誕生日プレゼントを先にあげると思って、受け取ってください。」
「いやいや、貧しい者からむしり取るような真似はできん!」
「どうしても気になるなら、税金についてでも教えてください。」
本では学べない知識を得る絶好の機会。
雑貨店を営んでいるため、ルーベンと同じ種類の税金を納めているラエフだった。
「税金? 確かに、商売を始めたばかりだから、よく分からないだろうな。」
「はい。帳簿をつけながら計画を立てたいんですが、税金の見当がつかなくて計算できないんです。」
「そうだな...ひとまず国税だけでも、アルカバラ税と十分の一税、地方税は財産税に市場税、生産税、通行税...それに軍事税なら、賦役税、戦時税、特別寄付金があるな。」
「クソ。」
「ん? 今、何と言った?」
「何でもありません!」
思わず現代の悪態を口にしてしまったルーベン。
この時代の税金が莫大だとは知っていたが、実際に聞くと目眩がした。
「ずいぶん多いですね.............」
「もう、そういうものだと諦めているよ。それでもルーベン、お前は市場で商売をしているわけではないから、地方税は払わなくてもいいはずだ。」
「それは、ここ最近で一番の朗報です。本当に心から。」
「他はともかく、戦時税だけでも払わずに済めばいいんだが...はあ。」
戦時税は、戦争の期間にのみ一時的に課される税だった。
『問題は、この時期のスペインは戦争をやめたことがないってことだ。』
今この瞬間だけでも、オランダで戦争中だった。
『あれを戦争と呼べるかどうかは分からないけど。』
アルバ公爵が『血の評議会』を開き、数千人を虐殺している最中だったからだ。
もちろん、それ以外にもオスマン帝国やイギリスとの小規模な戦争が頻繁に起きていた。
『そういえば、今が1568年だから、12月になればアルプハラスの反乱も始まるな。』
今後のことを考えたルーベンは、戦時税を単なる恒常税だと思うことにした。
「それで、具体的にはどれくらい納めるんですか?」
「アルカバラ税と十分の一税は、それぞれ10パーセントだ。残りは徴税官が来てみないと分からない。」
「決まっているわけではないみたいですね。」
「それでも、どれほど搾り取られても、稼いだ金の40パーセントは残してくれる。そこを基準に計画を立てるといい。」
『何てこった、60パーセントも取っていくのか? まるで盗賊じゃないか。』
自分が金持ちなら理解もできたが、クルーガー家の生活水準は平凡な庶民だった。
それでも税率を確認したため、今後の計画は立てることができた。
「ありがとうございます。これで計画は立てられそうです。はい、これを持っていってください。」
ルーベンは、どうしても金を払って買うと言い張るラエフにハーブを渡し、店を閉めた。
***
家に戻って夕食を済ませたルーベンは、庭で運動を始めた。
「ふう、ふう。それでも、少しは体力がついたな。」
満足できるほどではなかったが、最初と比べれば大きな進歩だった。
そうして、しばらく地面に座って休みながら、ほとんど熟したローズヒップの実を眺めた。
『うーん。ローズヒップの実まで使えば、ハーブティーの色も綺麗になって、味ももっとよくなるはずだけど。』
問題は、そうしたところで小さな村であるため、顧客層が限られていることだった。
一か月近くの間にルーベンが稼いだ金は、600マラベディほど。
スペインの通貨では、1エスクードと2レアルに少し届かない額だった。
『このまま年末まで一銭も使わず稼いだとしても、たった7エスクードか。そこから税金まで取られたら、最悪の場合は2エスクード程度.......』
もちろん、それだけでもかなりの大金ではあった。
エレナが毎月2エスクードずつ稼いでいるため、税金を考慮しても、ルーベンの家庭は比較的余裕がある方だった。
だが、ルーベンが立てた計画を進めるには、少なくとも100エスクード以上が必要だった。
『しばらく茶を売って暮らしながら、神父様の人脈を借りてみるしかないな。』
まさにカトリック全盛の時代。
この時代の地方社会における人脈の中心は、誰が何と言おうと教会だった。
わざわざ教会で茶を売り始めたのも、神父との縁を築くためだった。
『どこかの高名で学識が深く、考えの開けた貴族でも連れて...いや、紹介してくれないかな...............』
もちろん、地方教会の神父にかける期待はそれほど大きくなかったが、夢を大きく持って悪いことはない。
そうして今後のことを悩んでいたルーベンの視界に、遠くの月明かりの中で何かが動くのが見えた。
「何だ?」
ルーベンは素早く立ち上がり、中にいるエレナにも聞こえるよう大声で叫んだ。
「どなたですか!」
幸い、聞き慣れた声が返ってきた。
「ルーベンか。」
「あれ? 助祭様ですか?」
「そうだ。」
ルーベンはエレナに助祭が来たことを知らせ、急いで迎えに出た。
「こんな遅い時間に、どうされたんですか?」
「お前に頼みたいことがあって訪ねてきた。」
「僕にですか?」
まだ15歳の自分に、助祭が頼むことなどあるのかと思った。
「いや、ここで話すことでもないな。エレナ奥様と一緒に話そう。」
「あ、はい。」
ルーベンがエレナを連れてくると、助祭が言った。
「遅い時間に突然お訪ねして、申し訳ありません。」
「いいえ、助祭様。それより、うちのルーベンに頼みたいことがあるとか?」
「はい、奥様。先ほど、オウレンセ大聖堂の司祭様がルーベンを訪ねてこられました。」
「司祭様が? ル、ルーベンが何か悪いことでもしたのでしょうか?」
エレナが驚くのは当然だった。
大聖堂から来た司祭なので、行政司祭である可能性が高かった。
彼らの役目は、担当区域を管理し、行政と司法の業務を処理することだった。
つまり、監察の役割も担っているということだった。
普通は決められた時期に来るものなのに、こうして突然訪ねてきたということは、何かが起きたという意味だった。
だが、助祭は驚いたエレナを落ち着かせながら、言葉を続けた。
「ご心配なさることではありません。ルーベンのハーブティーの件です。」
今度はエレナではなく、ルーベンが尋ねた。
「僕のハーブティーですか?」
「神父様が、ルーベン、お前がハーブティーを販売していることと、その出来が優れていることを司教様へ報告されたんだ。」
聖堂で行ったことなのだから、当然だった。
「ええと...何か問題が起きたんですか?」
「はは、問題ではない。司教様が、お前のハーブティーを気に入られたらしくてね。」
「し、司教様がですか?」
今度はルーベンも驚いた。
カトリック世界において、司教という地位は、並の貴族を上回る権力を持っていたからだ。
「あまり驚くことはない。それほど大事ではないはずだ。ひとまず司祭様がお会いになりたいとおっしゃっているから、聖堂へ行こう。」
助祭の言葉に、不安になったエレナが尋ねた。
「私も一緒に行ってよろしいでしょうか?」
「もちろんです。」
そうしてルーベンとエレナは、突然聖堂へ向かうことになった。
***
聖堂の神父室は、すでにハーブの香りで満たされていた。
「お会いできて嬉しいです。オウレンセ大聖堂の司祭、バナトニと申します。」
「エレナです。」
「おお、エレナさんのお話はよく伺っております。それでは...君がルーベンだね?」
「バナトニ司祭様にご挨拶申し上げます。」
「それほど堅くならなくてもよい。ひとまずお座りください、奥様。ルーベン、君も。」
ルーベンとエレナが座る間、バナトニは茶を味わい、言った。
「実は今回、アルバ家のご令嬢がオウレンセ大聖堂を訪問されることになりまして。」
エレナが驚いて叫んだ。
「ア、アルバ家ですか?!」
ルーベンもまた、心の中で少なからず驚いた。
『大物、大物だ! 神父様が人脈を一つ連れてきてくれたらいいとは思っていたけど、まさかアルバ家のご令嬢を連れてくるとは!』
前世のレスバにも登場した鉄の公爵、アルバ公爵の家門だった。
司教がどれほど偉大であろうと、アルバ家とは比較にならなかった。
アルバ家は、現代まで系譜が続く由緒あるスペイン貴族だった。
当然、今の時代は言うまでもなく、絶大な権勢を誇っていた。
今まさに現アルバ公爵がオランダ総督を務め、王に次ぐ権力を持っていた。
「はい。ところが、ご令嬢がハーブティーをお好みになるため、司教様も気にかけておられたのですが、ちょうど面白い知らせが届きまして。」
「うちのルーベンのハーブティーを、お出しになるおつもりですか?」
「はい、そのとおりです。私もハーブティーを好んで飲みますが、これほど美味しい茶は初めてです。」
エレナは心配そうな表情で尋ねた。
「必ず行かなければならないのでしょうか?」
下級とはいえ、貴族の家で育ったエレナだった。
幼い頃からアルバ家の恐ろしさを教えられていたため、不安が先に立った。
「もちろん強制ではありません。ご負担であれば、断っていただいても構いません。」
断る?
絶対にあり得ない。
エレナが断る前に、ルーベンが答えた。
「やります。」
ただでさえ、まともなアランビックを一つ買うだけでも、十年以上かかる状況だった。
『司教でもアルバ家のご令嬢でもいい。まともな金づるを一つ作るチャンスだ!』




