004話. 販売許可
現代とは違い、カトリックが支配する時代だけあって、礼拝は毎日行われていた。
平日でも朝、昼、夕方、夜と、四度の祈りがあるほどだった。
それでも日曜日に行われる主日ミサや祝日のような特別な日には、村人全員が参加した。
「うちの息子は、誰に似てこんなに格好いいのかしら? みんな驚くでしょうね。」
外出着を着たルーベンを見て、エレナが幸せそうに笑った。
この体に宿ってから、初めて迎える日曜日だった。
そうしてエレナと共に、初めて外出した。
広場と呼ぶには物足りない、小さな教会前の空き地へ入ると、人々がエレナに挨拶した。
「エレナ奥様、いらっしゃったんですか?」
エレナの過去をうっすら知っているため、丁寧な言葉を使う人々だった。
「こんにちは。」
「あれ? ルーベンじゃないか!」
一人の男性の言葉に、村人たちの視線が一斉にルーベンへ集まった。
「いやあ、どれくらいぶりだ! ほとんど一年ぶりじゃないか? もう体はすっかり治ったのか?」
「こんにちは。もうすっかり治りました。心配してくださってありがとうございます。」
ルーベンが頭の中から男についての記憶を呼び起こしながら挨拶すると、他の人々が次々に割り込んできた。
「見ない間に、ずっと男前になったな。」
「本当だ。エレナ奥様に似たせいか、とても美男子だ。」
「女たちを泣かせそうだな。」
あちらこちらへ連れ回されながら、顔を見せるルーベン。
正直、少し疲れもしたが、エレナがあまりにも嬉しそうだったため、抜け出すことができなかった。
そうしてルーベンとエレナは、人々への挨拶を終えてから、ようやく聖堂へ向かった。
『おお、記憶にあったとおり、フランシスコ会だ。』
カトリックの中にも、多くの分派が存在した。
今まさにルーベンが暮らしているビーゴ地方も、フランシスコ会とドミニコ会が二分している状態だった。
だが、フランシスコ会を象徴する鳩の造形物を見て、すぐに気づくことができた。
『それにしても、思ったよりずっと小さいな。こんな小さな聖堂にオルガンがあるのか?』
ルーベンが住む村は、人口三百人ほどの小さな村だった。
当然、聖堂の規模も小さかった。
この程度の規模の聖堂にオルガンがあることが、不思議なくらいだった。
そうして聖堂を見回していると、エレナが手を引きながら言った。
「まずは神父様と助祭様にご挨拶しましょう。」
エレナに手を引かれて聖堂の奥へ入ると、茶色や灰色の服を着た人々が忙しそうに動き回っていた。
「いらっしゃいましたか、奥様? ルーベンも来たんだね。元気そうで何よりだ。神父様は奥にいらっしゃるよ。」
「はい、ありがとうございます。今日もお疲れ様です。」
ミサの準備で忙しいのか、男はルーベンの頭を一度撫でると、どこかへ慌ただしく歩いていった。
男が教えてくれた場所へ向かうと、人のよさそうな中年男性が聖書を読んでいた。
エレナは男の前へ進み、丁寧に挨拶した。
「こんにちは、ベダード神父様。」
「いらっしゃいましたか、エレナさん。おお! ルーベン!」
神父はルーベンを見ると、感激した表情で両腕を広げながら近づいてきた。
「こんにちは、神父様。」
神父はルーベンを抱きしめ、背中を叩きながら言った。
「大変だったな。本当によく耐えた。」
「ありがとうございます。」
ルーベンを放した神父は、小さく祈りを唱えた。
「Clementissime Deus, puerum hunc benedixisti. Gratias agimus. Amen(この上なく慈悲深き神よ、この子を祝福してくださったことに感謝いたします。アーメン)。」
前世ではラテン語を学んでいなかったが、肉体の記憶のおかげで意味を理解することができた。
「アーメン。」
ルーベンは応じながら、神父に続いて共に十字を切った。
短い祈りを終えた神父は、エレナに言った。
「エレナ奥様の真心が、主に届いたのでしょう。」
「本当に、感謝の気持ちでいっぱいです。」
「ははは、ルーベンが生まれた時、奥様が聖堂へオルガンを寄贈してくださったではありませんか? そのオルガンの音が天まで届いたのでしょう。」
『ああ...そういうことだったのか?』
ようやく、こんな小さな聖堂にオルガンがある理由を知ったルーベンだった。
「主からいただいた祝福に比べれば、取るに足らないものです。」
「大切なのは気持ちではありませんか。」
神父との会話を終えたエレナが、ルーベンに言った。
「母さんはオルガン演奏の準備をしないといけないから、ルーベンは先に行って、主に感謝のお祈りを捧げていなさい。」
「はい。」
ルーベンは、少しうんざりしそうな気分になった。
『祈りの次も祈りか..................』
だが、信仰がすべての世界だったため、これから慣れなければならないことだった。
いや、単に慣れるだけでなく、非常に敬虔な信者にならなければならない。
その方が得られるものが多いはずだからだ。
***
ミサは厳粛な雰囲気の中で進められた。
前世で聖堂へ通ったことはなかったが、映像などで見たものと大きな違いはなかった。
一つ大きく違うことがあるとすれば、ミサがラテン語で進められるという点だった。
そのため、村人の大半は祈祷文の意味を理解できなかった。
それでもミサの形式は知っていたため、両手を組んで祈りながら、合間に『アーメン』と唱えた。
『それでも、大体何を言っているのかは分かるな。』
この時代、西ヨーロッパの貴族は基本的にラテン語を学んだ。
下級貴族であるエレナも例外ではなかった。
そんなエレナが、ルーベンに幼い頃からラテン語を教えていたため、可能なことだった。
もちろん、文字まで完璧に理解しているわけではなかったが。
『本当に布教と伝播が目的なら、少しくらい翻訳すればいいのに。まったく、狭量なんだから。』
13世紀、アルフォンソ十世の命令によって、聖書がカスティーリャ語へ翻訳されたことはあった。
だが、教会と王国の厳格な統制下で保管され、一般大衆にまで広まることはなかった。
ついにルターとカルヴァンによって、ドイツ語やフランス語などへ翻訳されたものの、それもあくまで違法だった。
『どうやら、ラテン語の勉強は少ししておくべきだな。』
まだ今後何をするか決めてはいなかったが、どんなことをするにしても教会と関わらざるを得ない時代だった。
そのうえ、教会との正式な文書はラテン語で作成された。
金持ちになれば代理人を使うこともできたが、最終確認は自分でしなければならなかった。
そうして祈る姿勢を取りながら今後の計画を考えていると、聖歌演奏の順番になった。
小さな聖堂に、オルガンの音が響き渡った。
『おお.......』
エレナの演奏技術は見事だった。
ルーベンが思わず感嘆するほどに。
『いつか交響曲みたいなものでも演奏させてあげたらどうだろう? 喜んでくれるかな?』
もちろん、音楽の知識は浅い方だったため、すぐには難しかった。
だが、自分の頭の中にある曲を楽譜へ起こしてくれる音楽家なら、何人も知っていた。
『まあ、それも金がなければできないことだけど。』
その日のためにも、早く金を稼がなければならないと決意するルーベンだった。
***
ミサが終わり、ルーベンはエレナと共に神父を訪ねた。
ミサの途中で顔を見せていた助祭も、一緒にいた。
「エレナさんの演奏は、いつ聴いても見事ですね。」
「主から賜った才能です。」
「ええ、まったくそのとおりです。さあ、こちらが約束していた図書館の許可証です。」
神父は、複雑な模様とラテン語が記された木札を差し出した。
その一番下には、ルーベンの名前が記されていた。
「本当にありがとうございます、神父様。」
「ははは、これくらいで何をおっしゃいますか? ルーベンに学問の才があるなら、後に大きな図書館への推薦状も書いて差し上げましょう。」
その言葉に、エレナは十字を切りながら答えた。
「本当に、本当にありがとうございます。」
「すべては主の恩寵です。他に何か頼みたいことはありませんか?」
その問いに、エレナはルーベンを自分の前へ立たせて言った。
「うちのルーベンが、お願いしたいことがあるそうです。」
「ルーベンが? そうか、ルーベン。何かな。」
ついに、待ち望んでいた時間が来た。
ハーブティーは作ったが、販路を開拓できなければ何の意味もない。
建物を借りる資金がなかったため、考えた方法がこれだった。
『聖堂でお茶を売ろう。』
すでにエレナは説得していたため、あとは神父だけを説得すればよかった。
ルーベンは乾燥させたハーブを取り出して見せながら言った。
「聖堂でハーブティーを作って、売りたいです。」
「そうか。だが、主は金銭の取引を好まれないのだよ。」
図々しい神父の言葉に、ルーベンは心の中でぶつぶつ文句を言った。
『好まれないだと? じゃあ世の中にある、あの大量の教会建築は地面を掘って建てたのか?』
だが、こういう反応が返ってくることは予想していたため、考えておいた言い訳があった。
「そのことは僕も知っています。ですが、僕は今回、主から大きな恩恵を受けたではありませんか?」
「そうだとも。本当に主がルーベンをお守りくださったに違いない。」
カトリックの世界に慣れると決めたルーベンは、敬虔な表情で十字を切り、小さくアーメンと唱えてから言葉を続けた。
「ですから、自分で働いて十分の一税を納めたいという思いが、とても強くなりました。ですが、健康を取り戻したばかりなので、力仕事は無理です。それで、僕なりに考えた方法なんです。」
献金をしたいというルーベンの言葉に、ベダード神父の顔が明るくなった。
「これは実に殊勝なことだ。お前の高潔な心はよく分かった。だが、検証もされていない茶を、軽々しく売ることはできない。」
「もちろんです。ですから、神父様と助祭様に、僕のお茶が売ってもよい水準か確かめていただきたいのです。」
ベダード神父の立場からすれば、どうせ損をすることのない提案だった。
茶がまずければ断ればよく、茶がよければ販売を許可して、十分の一税を徴収すればよいだけだった。
神父は助祭を見ながら言った。
「助祭。誰かに命じて、熱湯とポット、茶器を用意してもらってください。」
「はい、神父様。」
しばらくして、一人の信徒がポットを持ってきた。
ルーベンは、そのポットにハーブを入れ始めた。
『ポットは一つだけか。一番自信のある組み合わせで作らないとな。』
カモミールとレモンバームを一対一で混ぜて入れたルーベン。
やがて、その上から熱湯を注いだ。
すると部屋の中に、カモミールの柔らかな香りと、レモンバームの爽やかな香りが同時に広がった。
この時代にもハーブを組み合わせる方法は存在したが、あくまで薬効のための方法だった。
一方、ルーベンの組み合わせは、ひたすら味と香りだけを考えた方法だったため、その効果は格別だった。
「ははは、香りからすると、実によく乾燥させたようだね。」
「はい、最善を尽くしました。」
低温乾燥法は絶対に秘密だと、エレナには言い聞かせてあった。
商人の妻だったエレナも察しがよかったため、当然ながら納得していた。
そうしてしばらく後、香りが十分に出た茶を、神父と助祭のカップへ慎重に注いだ。
「どうぞ、お召し上がりください。」
「そうか。では、いただこう。」
神父はゆっくりとカップを口元へ運んだ。
そうして茶が舌を濡らした瞬間。
「なんということだ!」
茶を味わった神父が、驚いて言った。
「香りは柔らかさと爽やかさが別々に感じられたのに、味は実によく調和している。」
助祭が続けて評価した。
「それだけではありません。茶葉の質がよく、茶から苦味や渋味がまったく感じられません。」
「ははは、まだ何口も飲んでいないのに、もう心が穏やかになる気がするよ。」
『よし。』
ルーベンは心の中で快哉を叫んだ。
「お褒めいただき、ありがとうございます。」
「よろしい。販売を許可しよう。ところで、値段はどうするつもりかな?」
ルーベンにとっても、それが一番の悩みだった。
知識が貴重な時代、大学で医師資格を取得した者が作ったハーブティーは、言い値で売れた。
だが、一般の平民が作ったハーブティーは、悪い意味で言い値だった。
まさに売り手の気分次第。
「その部分は、神父様に決めていただきたいです。」
神父はもう一度茶を味わってから言った。
「これほどなら、グラナドでは安すぎるな...1マラベディほど取ってもよいだろう。」
マラベディは、スペインの平民が最も頻繁に使う、価値の低い貨幣だった。
4グラナドが、およそ1マラベディ。
大金ではなかったが、ルーベンにとっては期待以上の成果だった。
『最初はグラナド程度を考えていたけど、これなら上出来だ。』
「神父様のお言葉どおりにします。それから聖堂には、ハーブを一定量寄付いたします。」
「ははは、これは実に。主を思う心が、なんとも殊勝だ!」
今日に限って、よく回る神父の舌。
茶の香りと十分の一税への期待感が、潤滑油の役割を果たしたのだろう。
だが、欲は不道徳なものではない。
だから、責めるつもりもなかった。
今の自分も、世俗的な欲望に満ちた体ではないか?
『しばらくは仲良くやりましょう、神父様。』
大切な事業パートナーができたため、差し当たって急ぎの問題は解決した。
今度は、図書館の本を見て回る時間だった。




