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021話. フェリペ2世

使用人に契約書を用意するよう命じたベアトリスは、相変わらず香水を擦り込みながらルーベンに尋ねた。


「1年に香水を何本くらい作れそう?」


作ろうと思えば、数千本は作り出せた。


ハーブティーのように従業員を雇えば、万単位だって可能だった。


だが、香水を企業型で大量生産するには懸念点があった。


『低温乾燥法なら知られても金銭的な打撃で済むが、グリセリンはそうはいかない。』


グリセリンは無煙火薬の基礎となる代物だった。


『実験好きな錬金術師たちが硫酸や硝酸と反応させでもしたら... 後々、俺の心臓を狙う弾丸になるかもしれない。』


だが、問題になることはなかった。


どうせこの時代の香水製造はすべて手作業だったため、少量生産が基本だったからだ。


そのうえ顧客層は金持ちの貴族だけなのだから、下手に大量に作って希少価値を落としたところで、自分の首を絞めるだけだった。


「令嬢様が材料費だけ支援してくださるのでしたら、300本ほど可能かと思います。」


「本当? 思ったよりたくさん作れるのね。」


「もちろん、滑らかにする成分の製造工程が複雑ですので、多少の差は出るかもしれません。」


「それは仕方ないわね。それじゃあ、300本のうち私に送ってくれるのはどれくらい?」


どうせ半分は渡すつもりだった。


もちろん、条件を一つ付けての話だ。


「150本差し上げます。」


「本当? 特に何か手伝ってるわけでもない気がするけど、半分ももらっていいの?」


『こいつはセドゥラ・レアルを何だと思ってるんだ?』


もちろんベアトリスの立場からすれば、一銭もかからないことではあった。


「代わりと言うほどではありませんが、アルバ家の紋章が刻まれた香水瓶を作っていただければと思います。」


アルバ家の印章が刻まれた瞬間、その価値は上がることになっていた。


それだけでなく、ルーベンの香水が有名になれば必ず出てくるであろう偽物を防ぐ役割も果たすはずだった。


瓶そのものに刻印を施したガラス瓶を作るのも容易ではないだろうし、それを抜きにしてもアルバ家の紋章が刻まれた香水を真似するほど肝の据わった商人はいないはずだからだ。


ベアトリスはルーベンの意見が気に入ったのか、香水を擦り込んでいた手まで止めて言った。


「なるほど、賢いわね。でも家門の印章は私の好き勝手には使えないの。お母様に頼んでみるわ。」


「承知いたしました。ご検討いただきありがとうございます。」


アルバ家の印章はアルバ公爵を意味する標だった。


いくらベアトリスでも、勝手に使うことはできなかった。


「たぶんお母様も香水をご覧になれば許してくださるわ。それから、セドゥラ・レアルとは別に支援金も70エスクード増やしてあげる。毎年100エスクードくらいあれば材料費には十分でしょう?」


70エスクードは小さな金額ではなかったが、もはや快哉を叫ぶほどの金でもなかった。


ティーハウスなら税金を差し引いても三、四か月で稼げる金だったからだ。


そのうえ、香水一本を300エスクードで販売するつもりだった。


そうなれば税金を差し引いたとしても、年間最低18,000エスクードが手元に入ってくる計算だった。


『それでもまだ全然足りないんだよな。』


ルーベンの計画を実行するためには最低30万、余裕を持つなら50万エスクードが必要だった。


それでも、これから作る品はたくさんあったため、そう遠くないうちに貯められるはずだった。


『ここが限界だ。これ以上欲張るのはやめよう。』


これで香水の話はいったん区切りをつけ、銃器についての話を切り出す番だった。


「ありがとうございます、令嬢様。それと、私が港町に住んでいるせいか、海賊についての話をよく耳にするのですが。」


「海賊? あの忌々しいイギリスの奴らがまた?!」


「まだ直接経験したわけではありませんが、噂を耳にすると怖くなりまして。」


いきなり銃をくれとは言えなかったため、適当に話を振ったのだ。


「まあ、そうよね。名誉なんて塵ほどもないのがイギリスの奴らだもの。」


『そうそう、これだよこれ。紳士なんて笑わせる。』


この時代の帝国などどこも似たり寄ったりで、スペインの略奪や虐殺も相当なものだったが、少なくとも国王自ら命令を下してはいなかった。


イギリスのように国王の主導のもとで行われるのとは、まるで次元が違う話だった。


「令嬢様のおっしゃることはまったくもってその通りです。それで、私も微力ながら力になりたいと思い、銃器を研究してみたいと考えるようになりました。」


「殊勝な心がけね? でも銃器の場合は、すぐに手を貸してあげるのは難しいと思うわ。お父様かお兄様の許可をもらわないといけないんだけど、お二人ともいらっしゃらないから。」


アルバ公爵と三人の息子たちは、全員オランダへ行っていた。


たかが平民一人を後援するために、戦場にいる家族へ手紙を送るわけにもいかなかったし、


ルーベンもその事実を知っていたため、対策を用意しておいた。


「銃器については私も造詣がありませんので、ひとまず原理だけを勉強するつもりです。ですので、壊れた銃を一挺だけ手に入れていただければと思います。」


「修理できないほど壊れたものでもいいの?」


「はい、それで十分です。」


「その程度ならしてあげられそうね。」


数十個の破片になった銃でも構わなかった。


フリントロック式マスケット銃の設計図を描き上げたとき、疑われないための理由が必要なだけだった。


「ご配慮に感謝いたします。令嬢様とアルバ家のお役に立てるよう最善を尽くします。」


「今でも十分よくやってるんだから、無理しないで。それと、この香水は全部同じ香りなの?」


ベアトリスは銃器にはさほど興味がなかった。


「どの香りがお好きか分かりませんでしたので、香りはそれぞれ違うものを用意しましたが、塗り心地と持続時間はすべて同じです。」


前世の香水は、エッセンシャルオイルの濃度によって大きく五種類に分類されていた。


だがこの時代では、香りが強く長持ちする香水こそ最高だった。


だからエッセンシャルオイルの濃度が最も高いパルファム(Parfum)だけを作ってきた。


「薔薇の香りやラベンダーの香りも作れる?」


「新鮮な薔薇やラベンダーがあれば可能です。ですがビーゴでは薔薇はすでに花が散っており、ラベンダーは育たないため、すぐに作るのは難しいです。」


「それは私ができるだけ早く送ってあげるわ。」


一日でも早く新作の香水を自慢したいベアトリスだった。


***


フェリペ2世との面会は夕方に予定されていた。


もちろん謁見という形ではなく、晩餐が終わって歓談するときに入り、ハーブティーを淹れる役目だった。


宴会場ではフェリペ2世とアルバ公爵夫人、ベアトリスが二時間にわたって晩餐を楽しんでいた。


『もうすぐ会うことになるな。』


先住民を人間として認めない者たちとは違い、先住民も同じく主の子であることを認めたフェリペ2世だった。


カトリックへの改宗という条件こそ付いていたが、アメリカ先住民の奴隷化禁止を主張したこともあった。


宣教師たちを送り、彼らを改宗させて庇護しようとする努力も惜しまなかった。


1315年、一定額を支払わなければ奴隷から解放してもらえなかったルイ10世の政策よりは成熟した面があった。


もちろん現代人の観点から見れば、強制改宗もまた野蛮な行為であることに変わりはなかったが、この時代の基準で見れば非常に


紳士的な部類。


ただ、実際の新大陸の統治者たちや一部の強硬派宣教師たちが新法を悪用し、先住民を虐殺して奴隷化したことを防げなかったのは


残念だったが。


『それでもフェリペ2世のおかげで、俺が新大陸の虐殺者どもとやり合う大義名分がある。』


新大陸で影響力を拡大していけば、既存勢力との摩擦は避けられなかった。


だが、先住民の奴隷化禁止という新法を後ろ盾にすれば?


フェリペ2世の先兵として新大陸に足を踏み入れれば?


ルーベンには既存勢力からの牽制を防ぐ強力な大義名分が生まれるのだ。


『それでも贅沢はもう少し控えてほしいんだけど...............?』


別のことを考えている最中、副執事の声が聞こえてきた。


「もう入るぞ。」


ついに来たか。


「はい、副執事様。」


「これまで私が言ったことを必ず肝に銘じておけ。」


特に変わったことはなかった。


フェリペ2世の前で守るべき礼儀作法だったが、それほど難しいものではなかった。


「そのようにいたします。」


副執事と共に宴会場の巨大な扉の前に立つと、武装した兵士が扉に向かって小声で囁いた。


しばらくして。


ギィィィ。


宴会場の重厚な扉がゆっくりと開いた。


ルーベンは頭を下げたまま、副執事との距離を保ちながら後に続いた。


ルーベンはハーブティーの材料が置かれたテーブルの横で立ち止まった。


『うわ、マジか。白磁じゃねえか? ここにある茶器だけ売ってもビーゴを丸ごと買えそうだな。』


ルーベンが宴会場の華やかさに目を奪われていた頃、ゆっくりと扉が閉まり、公爵夫人の声が聞こえてきた。


「陛下。娘が見出し、我が家門で後援しているルーベンという青年です。」


「アルバ家が才能ある者たちを後援しているという話は、私も存じております。ところで、何を研究している者なのですか?」


ほどなく、見知らぬ男の声も聞こえてきた。間違いなくあの人物こそ、現在のスペイン国王、フェリペ2世なのだろう。


「ハーブティーです。」


「ハーブティーですか?」


公爵夫人の答えに戸惑うフェリペ2世だった。


それもそのはず、宮廷だけでもハーブティーで有名な医師が何人もいたからだ。


そのうえ青年の年齢は十代半ば、上に見積もっても十代後半。


大学すら卒業していない子供が作ったハーブティーなど、どれほど優れているというのか?


だが相手がアルバ公爵夫人だったため、不快そうな気配をできる限り隠した。


とはいえ、国王の不快な胸中を察せないような公爵夫人ではなかった。


「不思議に思われるのも当然でございます。」


「はは、正直なところ少々戸惑っております。」


「私も娘から初めて話を聞いたときは、陛下と同じ気持ちでございました。ですがルーベンの作ったハーブティーを飲んで、考えが変わりました。おそらく陛下もそうなられるでしょう。」


「公爵夫人がそこまでおっしゃるのであれば、一度期待してみるとしましょう。」


公爵夫人は振り向きもせず、ルーベンに命じた。


「陛下にブルーミングティーを献上しなさい。」


ルーベンは教えられた通りフェリペ2世に礼を尽くした後、ハーブティーを用意した。


ローズヒップの実とカモミール、そして砂糖を入れた後、熱湯を注いだ。


ハーブの香りが広がると、フェリペ2世が物珍しそうな目で公爵夫人に尋ねた。


「ほう。こういう香りは初めてですね。どんなハーブを入れたのですか?」


「ローズヒップの実とカモミール、そして砂糖でございます。」


ベアトリスほどハーブティーに熱心ではなかったが、彼は国王だった。


名高い医師たちが作ったハーブティーを数え切れないほど飲んできた。


だが彼にとっても、ローズヒップの実でハーブティーを作るという話は初耳だった。


「あの、酸っぱすぎて舌の感覚までなくしてしまうローズヒップの実のことですか?」


「その通りでございます。ですが、陛下がお考えになっているような味では決してございません。」


「さて、どのようなものか楽しみですね。」


公爵夫人は今回も振り向きもせず、ルーベンに命じた。


「抽出でき次第、陛下にお出ししなさい。」


ルーベンはしばらくして、白磁にハーブティーを注いだ。


ガラスのコップに入れたときとは、また違った趣があった。


ほどなく使用人がハーブティーをフェリペ2世の前へ運び、置いた。


「色は気に入りました。まずは飲んでみましょう。」


「まだでございます、陛下。さあ、準備なさい。」


公爵夫人の言葉に、ベアトリスがカモミールの入った花瓶を持って淑やかに立ち上がった。


そしてフェリペ2世の前に立って言った。


「わたくしめが陛下の茶杯に花を献上いたします。陛下の寂しいお心が、この花のように再び咲き誇りますよう願っております。」


フェリペ2世はベアトリスの言葉の意味を理解しようとしながら、茶杯の花を見つめた。


その瞬間。


「なんと! 萎れていた花が再び咲くとは! どうしてこのようなことが起こり得るのだ?!」


『最初のベアトリスの反応と大して変わらないな。』


ルーベンの役割はハーブティーを淹れるところで終わりだった。


ただ頭を下げたまま、フェリペ2世の戸惑った声を楽しんでいた。


「わたくしめが後援しておりますルーベンが開発した技法で、花が再び咲くことからブルーミングティーと名付けました。」


フェリペ2世は茶杯の花をしばらく眺めた後、答えた。


「ほう。本当にありがとう、令嬢。」


「わたくしめのささやかな真心が、陛下を覆う陰を少しでも照らせればと願っております。」


『エリザベート、そなたが見ていたなら、どれほど喜んだことだろう。』


茶杯の花をいつまでも眺めていたフェリペ2世は、ハーブティーを一口味わった。


「なんと、公爵夫人? これは本当にハーブティーなのですか? どうしてこれほど美味しいのです?」


「ほほ。私も初めて味わったとき、陛下とまったく同じことを申しましたわ。」


「確かに、そう言いたくもなりますね。ところで、あの者の名はルーベンと言いましたか?」


「はい、さようでございます。」


フェリペ2世はルーベンを見ながら言った。


「ルーベン。前へ出よ。」


予想外の呼び出しだったが、ルーベンは少しも戸惑うことなく、ごく自然に歩み出た。


『このくらいなら、三歩ほど手前かな?』


ここへ来る途中で教師から教わった通り、三歩手前で跪いた。


「陛下にお呼びいただけただけでも、身に余る光栄にございます。主と陛下のご加護のもとにある、ルーベン・クルーガーと申します。」


「王妃が去ってからというもの、何事にも感情を抱けずにいたが、実に久しぶりに喜びというものを感じた。そなたに褒美を与えたい。望むものがあるなら申してみよ。」


最高の展開だった。


だが、ベアトリスのときとは違った。


ここではまず、辞退する美徳を見せる必要があった。


「私のささやかな才が陛下をお喜ばせできたのであれば、それだけで褒美であり、幸せにございます。」


「いや。そなたに褒美を与えなければ、私は名誉を知らぬ者となってしまう。さあ、望むものを申してみよ。」


フェリペ2世が自らの名誉を口にした。


もしルーベンが断れば厄介なことになるため、公爵夫人が口を挟んだ。


「さあ、陛下に申し上げなさい。」


ルーベンもそのことを理解していたため、さらに深く頭を下げながら言った。


「それでは......インディアス(Las Indias)の先住民と交流したく存じます。彼らをお招きいただきたいのです。」


インディアス。


アメリカ新大陸の公式な名称だった。




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